ほんの3年前、「迷惑メール」といえばパソコンの世界の話だった。しかしいまや、主戦場は携帯電話のメールに移った観がある。覚えのないアドレスから親しげな口調で送られてくる出会い系サイトの宣伝や、マルチまがい商法の勧誘など、携帯電話のメールを使っている人なら受信した経験がない人を探すほうが難しいだろう。実は、特定商取引法の施行規則が改正され、2月1日からはこうしたメールによる広告にいくつかの制限がもうけられた。法整備による迷惑メールへの対策はほかにも検討されているが、果たしてこれで迷惑メールの「迷惑」ぶりに歯止めがかかるのか。
総務省、経済産業省、与野党の動き
今回の特定商取引法の施行規則の改正では、商業広告を送る事業者は、住所、電話番号の表示に加えて電子メールアドレスの表示も義務付けられる。さらにメールの件名欄には「!広告!」と表示する必要があり、メール解除の連絡先も義務付けたものだ。
迷惑メール問題に対する行政側の対応は、所轄官庁によってばらばらだ。総務省は昨年11月に迷惑メールに関する検討を行う研究会を設置、1月に報告をとりまとめた。今年1月28日には電気通信分野での消費者支援策について検討する研究会を発足させ、その中で迷惑メールに関する消費者対応の組織のあり方や情報提供の体制整備などについても、包括的に検討するという。
一方、経済産業省も研究会を立ち上げ、特定商取引法の改正強化などによる法整備の検討を進めている。とりあえずは、メール解除の手続きをした利用者あてにはメールの再送信を禁止するなど、業者の規制を強化する。与党はプロジェクトチームによる検討案を経産省とすりあわせ、悪質な事業者の所在地などを公表することで罰則とすることを盛り込んだほか、さらなる規制強化を検討している。民主党は独自に迷惑メール防止法案を作成して秋の国会に提出した。東京都は全国の自治体で初めて、消費生活条例の改正で迷惑メール規制を打ち出した。
現状の対策は?
既存の法律の枠内でも、規制へのムードが強まっている。迷惑メールの無差別、大量送信は「メール転送サービス会社の業務を妨害」に当たるとして偽計業務妨害を適用したケースや、横浜地裁による大量のあて先不明の迷惑メール送信を禁じる決定では、NTTドコモの仮処分申請がきっかけになっている。これらはいずれも大量の迷惑メール送信によって、システムに障害が発生したことがきっかけだ。
事業者側の対応はすでに昨年から始まっている。アドレス変更手続きを簡単にしたり、受信拒否や、アドレスによる受信選択も可能になった。NTTドコモは受信者負担だったメールの読み出しの一部を無料化した。
ところで海外ではどうなっているのか。欧米では電子メールアドレスもプライバシーの一部という考え方が徹底しており、米国では州ごとに規制法がある。EUでは「電子商取引指令」で規制を行っている。イタリアでは、広告メールを送る際には、事前に消費者から了承をもらう「オプトイン」方式しか認められていない。悪質な違反業者には、事業活動の停止などの罰則もある。
幅広く、根深い問題点
迷惑メールの問題点は4つある。1つは、ダイレクトメールと同様、のぞまない情報の受信を消費者が強要される点。自宅のポストに届くダイレクトメールなら、読まずに捨てることもできるが、携帯電話に届く電子メールは一通ずつクリアしなければならず、タイトルや送信者だけでは不要かどうかも判別しづらい。しかも読んでもらうために、あたかも知り合いのような文面を工夫してくるメールが多い。その上、無差別に送りつけてくるため、女性や未成年に対して有料ポルノ画像の宣伝メールが届いたりするので受信者の気分を害したり、教育上の問題が発生したりする。さらに、携帯電話でのメール受信の場合、迷惑メールを受け取るためのコスト(パケット料金)を受信者が負担していた(前述のようにすでに一部改善策が施されている)。これは従量制料金でインターネット接続しているパソコンユーザーも本質的には同じ問題点を抱えている。
2つ目は、業者同士の横のつながりなどにより、メールアドレスという個人情報が業界内部で流通していること。被害はプライバシー侵害というだけでない。メールアドレスをいくら変更しても、一度この手のメールを受信してしまうと半日もたたないうちに似たような迷惑メールが殺到するようになる。しかも、メールアドレスの変更は利用者側の手間を増やすことになる。
3つ目は、このメールを送信するために、業者の多くがランダムなメールアドレスで大量の送信を行うことだ。行き先不明メールは、通信事業者によっては日に数億通。そのほとんどがこうした迷惑メールで、サーバやネットワークに対する負担の大きさはばかにならない。設備への負荷が増えれば通信事業者は設備を増強せざるを得なくなり、それはひいては「下がるはずだった料金が下がらない」という形でコストが消費者にはねかえってくる。
4つ目はモラルの問題だ。せっかく業者への規制が強化され、技術的には迷惑メールの拒否が可能になっても、肝心の業者側が法の目をくぐりぬけ、ひんぱんにアドレスや社名を変え、広告ではないふりを続け、巧妙な宣伝を行おうと工夫しているようではどうにも手のうちようがない。しかも、メールに対する規制を強めることは、行き過ぎれば表現の自由、正当な企業活動の自由をそこなうことにもなりかねない。
法規制だけでは取り締まりは難しい
こうしたケースはリアルな社会でもよく見られる。電話ボックスのピンクビラと同じだ。見たくない者にとっては不快だし、そもそも街中の風景としてうっとうしい。法規制もずいぶん厳しいものになっている。ボランティアによる排除も行われている。でもなくならないのだ。
この類の広告をやめさせるには、費用対効果として割に合わないことが最も効果的なのだが、メールを1通送る費用はせいぜい1、2円。そしてこうした広告メールを必要としている受信者がいることもまた事実で、事業としては十分に見合っているのだ。
消費者の自衛手段としては、20ケタにもなるメールアドレスを設定するか、こまめにメール受信拒否を行うか、あるいはメールそのものを利用しないか、いまのところ選択肢も限られている。問題の根は深く、現状提案されている法規制強化くらいでは簡単には解決しそうもないのが実情だ。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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