IP電話をめぐる動きが、急加速している。IP電話とは、音声通信の一部あるいは全部にインターネット回線を使うもので、利用者へのメリットとしては格安な通話が可能になることが挙げられる。以前と違い、音声のパケット通信技術も格段に向上して、聞き取りにくいとか音声が途切れるということもなくなってきた。フュージョンコミュニケーションズのように、従来の電話機を利用し、簡単な機器を設置するだけでこれまでの電話とほとんど変わらないサービスを提供する企業も増えてきて、一般の間にも「IP電話は安い」という認識は浸透しつつある。
決定的な低コストが実現されるIP電話
米国ではすでに、IDCが興味深い調査結果を発表している。それによると、世界のインターネットのトラフィックが2000年から2005年までの5年間で93倍に激増するが、その要因はブロードバンドの拡大とIP電話への移行だと予測している。
有線による音声通信は、ベルが電話を発明して以来1対1の回線占有が当たり前だった。時間と距離を勘案して使った分だけ料金を支払う、という従量課金制も、この1対1通信が前提となっているのだが、IP電話ではそうした従量制はふさわしくない。インターネット回線を使えば、事業者側は利用者が回線に接続している間に送り出したパケット量は追跡できるが、「どこにかけたか」という距離への課金や、「どれくらい接続していたか」という利用時間に対する課金は、常時接続が前提のブロードバンド・インターネット時代にはあまり意味をなさないからだ。どれくらい情報をやりとりしたか、という情報量に対する課金がIP電話時代には重要になってくると予測できる。
もちろん、一般のユーザーにとっては、遠距離・国際電話はIP電話のほうが格段に安くなることが重要だ。すでにマイライン登録者の間では、「全国一律料金」のフュージョンコミュニケーションズの認知度は高い。使い分けは進みつつあるといってよい。
NTT対新規参入業者の静かな戦い
しかし、従来の電話事業者の間での反発はいまだ根強いようだ。NTT(持株会社)の宮津純一郎社長は定例会見で、IP電話について「どこにでもつながるような(IP)電話は、電話番号の割り振りや音の質などやっかいな問題がある」と否定的なコメントを述べている。実はグループ傘下のNTTコミュニケーションズは、運営するインターネット接続プロバイダ(ISP)「OCN」の会員向けに、パソコンから電話へかけるIP電話サービスを行っているのだが、これはあくまで会員向けのサービスだ。事業者側はやはり、利用者を電話番号で把握できるシステムにこだわっているようだ。
一方、新規参入の通信事業者はそうしたインフラを持っていないだけに動きがすばやい。例えばリクルートコスモスと有線ブロードネットワークス(USEN)は、新築分譲マンション向けブロードンバンド通信事業で提携、リクルートコスモスの首都圏を中心にした新築分譲マンションに対し、USENが最大1ギガの光ファイバ網を引き込む。この回線を使い、ブロードバンドコンテンツを提供するほか、IP電話も視野に入れた幅広いサービスを行うのだという。利用者は入居時に手続きをするだけでIP電話が利用できる。
ISPでは、松下電器産業のPanasonic hi-hoと、三菱電機系のDTI(ドリーム・トレイン・ネットワーク)が2002年度上期中にIPv6ネットワークを構築。同時に4月からIPv6によるIP電話の実証実験を始め、2002年下期の提供開始を目指すという。ソフトを導入したパソコンからの音声着発信のほか、IP電話から一般の加入電話への発信もできるようになる。
電力系では関西電力の子会社、ケイ・オプティコムがフュージョン・コミュニケーションズと提携し、IP電話に参入する。法人向けだが、一般加入電話への発信サービスは、月額基本料2000円、通話料全国一律3分15円。個人向けのサービスも提携しながら検討していくという。
課題は、「番号の変更」「通信の秘密」「ユニバーサルサービス」
こうした民間の動きをにらみ、総務省もIP電話の番号計画や管理に関する問題を検討する研究会を発足させる。IP電話については、6月にも省令改正で、加入電話などからの着信を可能にする電話番号の割り振りが始まるが、研究会ではIP電話普及に伴って生じる可能性がある問題について検討するのだという。
利用者にもっとも影響があるのは、NTTなどからIP電話に完全に乗り換えた場合の電話番号の変更。これについては今回の研究会でも「事業者間番号ポータビリティ」の実現に向けて検討が行われるとみられるが、事業者の間からは電話番号の容量への不安もあるそうで、議論の行方はまだ分からない。
IP電話は、従来の電話の延長ではなく、ブロードバンドサービスの一環として発展していくべきだと筆者は考えるが、難しいのは通信の秘密の保持と、全国にあまねく通信の機会を保障するユニバーサルサービスとの折り合いをどうつけるかといった課題である。状況としては、総務省やNTTは慎重派、インターネット・サービスの一環として捉える新規事業者は積極派、という大まかな対立構造がある。これを理解したうえでどちらのサービスを望むのか、利用者が声を出すべき局面に来ている。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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