インターネットが一般の人にも利用できるようになって、まだわずか6、7年といったところだろうか。しかし現在は、職場や学校でインターネット端末を見かけないことのほうが珍しい。私たちの生活にインターネットは「あって当たり前」の、いまや電話や郵便と同じ社会的なインフラ扱いだ。携帯電話での電子メール受信をはじめ、ネット株取引や銀行振込、ネットスーパーやネット書店を通じたショッピング、個人輸入、新発売のCDの試聴や映画のプレビュー、コンサートやスポーツの中継も始まって、インターネットの生活への浸透度はどんどん深まっているといえる。
検証済みの“インターネット生活”
ところで、2000年から2001年にかけて「DotComGuy」というサイトが注目を集めたことを覚えている人はどれくらいいるだろうか。これは米国の男性が1年間、家から一歩も出ずにすべての用事をインターネットで済ませることができるかどうかという実験の中継サイトだ。
実験の結果は、普通の生活で必要な品物はほとんどインターネットで購入することができたし、習い事はもちろん、床屋の出張や医師の往診まで、インターネットで「注文」することができると分かった。実験の目的だった「インターネット利用の促進」にも大いにプラスになったようだった。また、このサイトには中継を見るために多くのユーザーが集まり、広告も入って、インターネットの普及という面でも貢献したし、このサイト自体のビジネスとしても大成功を収めた部類のものでもあった。
しかし、いまになってみると、「家から出ない(出られない)」生活をしている人に、インターネットの恩恵があるという具体的な成功をこれほど積み重ねた例はほかにない。
インターネットショッピングを最も必要としている人々
私の知人に、後天的な障害を得た人が数人いるが、彼らはこぞってインターネットのバンキングやショッピングを利用している。理由を聞くと「街角やコンビニのATMのコーナーは狭かったり、段差があって車椅子では入れないことが多い。インターネットなら、振込や振替をすぐに行うことができるから」という。ショッピングも然りで、欲しい品物に手が届かない売り場で、店員が通りかかるのを待ったり、重い荷物を車まで運ぶのにいちいち誰かに手伝ってもらうのがうっとうしくなるときもあるのだという。「インターネットで注文すれば、ワインもビールも自宅の玄関先まで届けてもらえ、クレジットカードで決済できる」と、その友人は言う。
なるほど便利ではあるが、少しひっかかるのは、これすべて障害者が日常的に「不便さ」を強いられているゆえの便利さだということだ。違う友人も、インターネットで書籍やCDを購入する理由として「繁華街の大型書店やCDショップに入っても、階段やエスカレーターでは違う階を見に行けない。購入するレジは混雑していて、私が財布からお金やカードを出す間に長蛇の列になってしまうのが気が引ける」と話す。現実社会が障害者に無配慮なことと引き換えに、ネットショッピングが支持されているのだとしたら、少々悲しい。
社会的弱者に力を与えるインターネット
もっとも、そういう話ばかりではない。違う知人は病気で自宅から出られないのだが、インターネットで家まで来てくれる美容師を探し、同じ病気の仲間を募ってWebサイトを作成、情報収集に役立てている。入院している同病の子供たちのために、ボランティアの講師を頼んで語学教室まで開いたという。「そのボランティアも、インターネットで探したんだよ」と彼は笑うが、もしネットがこれほど人々の間に浸透していなければ彼のアイデアを活かすチャンスもなかなか訪れなかったに違いない。
私の同僚の男性記者は、自らも視覚障害を持っており、「ユニバーサロン」というバリアフリー情報のページを一手に引き受けて取材、執筆を行っている。一度、彼に誘われてバリアフリー・デザインの携帯電話のモニタリングの集会に出席したことがあるが、集まった障害者たちは企業の開発者より熱心で、1時間ほどの間にも、利用方法や使い勝手について、現実に即した意見が山と出た。そうした意見は開発にも反映され、また、インターネットを通じた障害者向けの情報発信にも活かされる。
障害者だけではない。小さな子供をかかえて外出しづらい母親(父親)や、高齢者など、社会的に弱者とされる人々にとって、時間や場所を気にせずに納得いくまで情報を集めることができるインターネットは明らかに有意義なツールだ。さらに、ショッピングや学習コンテンツ、娯楽系コンテンツが増加すれば、ネットを通じて集めた情報を、ネットを活用して実生活に利用できる。
もう1つのデジタル・デバイドの解消を
問題は、インターネットにおけるデジタル・デバイドの解消がいまだに進んでいないことだ。デジタル・デバイドの解消とは、ただ、インターネットの使い方やマナーを教えればいいということではない。
視覚障害者には音声入力・音声出力・点字デバイスを、身体機能に障害がある人のためには使いやすいインターフェイスを、高齢者には疲れないようなディスプレイや分かりやすく簡易な操作ができるデバイスを提供する必要がある。
インターネットの進化は、多様な利用者、多様な利用方法をすべて受け入れる「マルチアクセシビリティ」の実現に向かうべきだ。もちろんITの世界には、その実現のために日々努力を重ねている人々はいらっしゃるが、そうした問題意識が一部の人だけではなく、広く共有されることで、できうれば現実社会のほうも、障害者や社会的弱者が快適にすごせるように、同時に進化してくれればいいのだが。
Profile
磯和 春美(いそわ はるみ)
1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。
メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp
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