「楽天は流通総額で1兆円を超える企業グループになる」。日本のBtoCをけん引する楽天の三木谷浩史社長は、常々こう語っている。1兆円といえば、老舗デパート、三越の売上高(2002年2月期の連結売上高が約9600億円)を優に超える。楽天がこのレベルにまで到達することができれば、日本にも堂々たるネット流通グループが誕生することになる。
楽天がかかえる2つの課題
2001年の楽天の流通総額(楽天グループのWebサイト上で発生した取引の総額。楽天の主な収益源はWebサイトへの出店料や販売手数料であるため、楽天の売上高は流通総額とは異なる)は約520億円。過去2年間、楽天は流通額を四半期ごとに平均で約20%の割合(年率にすれば約2倍)で増やしてきた。このままのペースが続くと仮定すれば、4年後には目標を達成できる。果たしてそれは、可能なのか。
追い風は吹いている。ブロードバンド・インターネットの普及である。ブロードバンド化のメリットとして、一般的には通信の高速化が挙げられることが多い。しかし、ECサービスを提供している企業にとっては、常時接続サービスが実現したことによるメリットのほうが大きい。これにより、ユーザーは接続料金を気にせず、ゆっくりと買い物を楽しんでくれるようになったからだ。思い立ったときにすぐにWebサイトにアクセスできるので、販売機会を逃すことも少なくなった。実際、日本で低価格のADSLサービスが本格的に普及を始めた昨年夏以降、楽天での購入者数やアクセス数の伸びは加速している。
ただし、ブロードバンドの普及だけに頼っていては、1兆円の達成はおぼつかない。楽天はいま、2つの大きな経営的課題を抱えているからだ。
並列出店を始めた加盟店
1つ目は、楽天市場の加盟店との関係だ。あらためていうまでもなく、楽天がこれまで急成長を遂げることができたのは、日本最大の電子モールである「楽天市場」に、5000社を超える企業を呼び込むことに成功したからだ。HTMLをほとんど理解できないネットの初心者でも容易にECを始められるシステムを、格安の料金で利用できる点が受けた。楽天市場への加盟店料と、加盟店が出稿する広告料金を合わせれば、楽天の売り上げの8割を占める。つまり、現在の楽天グループは加盟店の財布で成り立っているわけだ。
その加盟店との関係を危うくさせたのが、楽天市場の料金体系の変更である。これまで加盟店料は、売り上げの多寡にかかわらず月額5万円であった。それが4月からは、従来の5万円に加えて、月間売り上げが100万円を超える分については2〜3%を課金するようになった。売り上げの大きい有力加盟店ほど、変更による値上げ幅が大きくなる。変更の発表から実施まで2カ月ほどしかなかったこともあり、強い反発が起こった。
一時は新料金を不服としてかなりの加盟店が退店するのではとの観測もあったが、実際は30〜40店舗の退店でおさまった。しかし、影響は別の形で表れている。有力加盟店が楽天市場以外への出店という形で、リスク分散を図り始めているのだ。ある加盟店の幹部は「突然の料金変更で、経営計画を根本的に見直さなければならなかった。楽天市場だけに頼ることの危険性が、今回の件で身に染みて分かった」と語る。実際、料金変更の発表後に、10店舗近い楽天市場の有力加盟店がYahoo!ショッピングにも新規で出店し、本来は楽天市場上で発生するはずの取引がYahoo!に流出しつつある。Yahoo!やほかの電子モールとの並列出店を行う店舗の数は、今後も増えるのは確実だ。
たとえ並列出店が起こっても取引を流出させなければ、楽天にとって実害は発生しない。そのためには加盟店側に、楽天市場がネット上で最もにぎわう“銀座”であり、ほかのモールでの販売に力を入れるよりも楽天市場に注力したほうがよりもうかることを認識させる必要がある。楽天はすでに、販促ツールを無料で利用できるようにしたり、ODNやOCNなどの大手プロバイダと提携して消費者を呼び込もうとするなど、手は打ちつつある。
成長のカギを握る専門店の成否
ただし、楽天市場の加盟店数はほぼ横ばい状態にある。さまざまな施策が奏功したとしても、2つ目の課題を乗り越えなければ、1兆円は見えてこない。その課題とは、専門店のテコ入れである。楽天は楽天市場とは別に、「楽天ブックス」や「楽天トラベル」「楽天ゴルフ」など、特定の商品やサービスを取り扱う専門店をいくつか立ち上げている。
問題は、専門店型ECではほとんどの分野に強力な先行組が存在することだ。書籍では紀伊國屋書店の「Kinokuniya BookWeb」などが、旅行では「旅の窓口」などが確個たる地位を築いている。楽天は専門店の売り上げを公表していないが、連結の損益計算書から判断する限り、黒字化した事業はまだほとんどないようだ。同じ後発組でもサービス開始から1年半で年間売り上げが100億円を超える存在に成長した書籍販売のアマゾンジャパンの例があるだけに、楽天のもたつき感は否めない。
いずれ自動車や不動産など、高額商品の取引にもECは浸透してくる。楽天がそうした分野でも覇権を握り、流通総額を再び急拡大させることができるかどうかは、現在展開している専門店をうまく成長させられるかどうかである程度占えるはずだ。
楽天市場を中心としている限り、楽天グループは雑多な中小商店が寄り集まったアメ横のような存在でしかない。1兆円達成への道のりは、楽天がネット上の一流デパートに脱皮する過程でもある。
Profile
高橋智明(たかはし ともあき)
1965年兵庫県姫路市出身。某国立大学工学部卒業後、メーカー勤務などを経て、1995年から経済誌やIT専門誌の編集部に勤務。現在は、主にインターネットビジネスを取材している。
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