8月5日の稼働から約2週間が経過した住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)だが、依然として複数の自治体が導入に反対するなど曲折を重ねている。しかし、ITを活用して全国どこでも本人確認を迅速・確実に行える住基ネットは、行政の大幅な効率化には欠かせないはずだ。住基ネットをめぐる賛成派と反対派の間の論議は、いままでのところ決して望ましい方向に進んでいるようには見えない。
スタートした住基ネットをめぐるゴタゴタ
住基ネットの生みの親は、1999年8月に成立した改正住民基本台帳法である。すべての国民に11けたの番号を振り当て、住所、氏名、性別、生年月日の4情報を一元的に管理している。現在住基ネットを利用しているのは、恩給の給付や旅行業の登録など93の事務手続き。今後、関連法案の成立を待ってパスポートの発行や年金の受け取りなどに拡大し、最終的には住民票の取得や引っ越しの際の転出・転入手続きなど250を超える事務手続きで住基ネットを利用する。また2003年8月からは、4情報を記憶させたICカードを希望者に配布する。このカードを使えば印鑑や身分証明書がなくても、全国どこでも住民票を入手できるようになる。
住基ネットをめぐっては、「個人情報が漏えいする危険性が高く、それに対応する体制が整っていない」「官による過剰な情報管理が行われる可能性がある」などとして、一部の自治体を含む各所で導入に反対する動きが続いている。東京都杉並区と福島県矢祭町はいまのところ住基ネットへの参加を拒否しており、横浜市は希望者だけを登録する選択制を取っている。
これに対して担当省庁である総務省の片山虎之助大臣は、「住基ネットに登録された個人情報が漏えいすることはあり得ない。万が一漏えいしたとしても情報の内容は限定的なものであり、大したことにはならない。また、民間企業の情報利用は禁止されている」との趣旨の発言を繰り返している。政府としては、一般国民にとって「何だかよく分からないが、恐ろしそうなもの」となりつつある住基ネットのネガティブイメージを何とか払しょくしたいのだろうが、こうした発言は将来に禍根を残すだけでなく、住基ネットの有効活用を妨げることにならないだろうか。
政府・総務省は説明責任を果たせ
@ITの読者の方ならよくお分かりだと思うが、これほど巨大なデータベースの情報が外部に漏えいしないということはまずあり得ないだろう。総務省は「ネットワークは専用線を使っており、ファイアウォールなどにも万全を期している」と説明している。しかし、外部からのハッキングには耐えられても、内部犯行を完全に防ぐのは不可能だ。将来、結果的に片山大臣はうそをついたとのそしりを受けることになるだろう。
また、「住基ネットの情報は限定的なもの」と喧伝することは、「住基ネットの導入で得られる利便性も限定的なもの」とアナウンスしているようなものだ。実際、現在までに明らかになっている導入スケジュールでは、一般国民が住基ネットを利用する場面は意外と少ない。普通の人が住民票を取得したりパスポートを更新することが、年に何回あるだろうか。何しろ開発と構築に約360億円、今後数年の維持費用に約190億円かかっているシステムである。総務省が表明しているような利用の仕方だけでは、コストに見合わないことは明らかだ。
政府・総務省が住基ネットに対してまず取るべき施策は「住基ネットの個人情報が漏えいする可能性は確かに否定できない。しかし、不正利用には厳しい罰則を用意しており、不正利用者が官憲の手から逃れることはできない。住基ネットを活用すれば、これこれこういったメリットが得られ、社会的に大きなプラスとなる」ときっちり説明することではないか。もちろん個人情報保護法の成立が前提となるが、リスクがあると分かっていながらあえて導入を決めたのであれば、とことんまで利用し尽くすのが筋であろう。
住基ネット、民間への開放の可能性
筆者の取材した限りでは、行政側で住基ネットを妙につまらないものに見せようとしているのは総務省だけである。そのほかの省庁は、すでにその積極利用に拍車を掛けつつある。例えば経済産業省は今年、全国約20の地域でICカードの実験を行う。ある実験では、インターネットを経由してICカードで本人認証を行い、自宅から公共施設の予約や住民票の申請が可能となっている。また、国土交通省も、ICカードを利用した電子入札サービスをすでに昨年10月から開始している。こうした行政サービスの電子化・ネット化に将来、住基ICカードを活用していくことは、当然の流れだ。総務省はいまのところ住基ネットとインターネットの接続を否定しているが、他省庁の動きを見ると額面通 りには受け取れない。
住基ICカードのCPUは32bits、メモリ容量は64kbytes(文字情報で約3万2000文字分)である。基本4情報を記憶させて読み出すだけなら、これほどの高性能は必要ない。内閣官房のIT担当室は住基ICカードと他省庁のサービスをどう連携させるか、すでに具体的な検討を開始している。
さらにある総務省の関係者は、「現場レベルでは、住基ネットの民間開放を視野に入れている」と打ち明ける。例えば、銀行の口座を開くとき、株や債券を取引するとき、100万円以上など高額の商品を取引するときなど、必ず住基ICカードを提示しなければならないような仕組みにすれば、隠し口座や秘密取引が困難になり、所得の把握において不公平さがあるとされている現行の税制を改善できるはずだ。
官だけの利用でも強い反発がある住基ネットを民間に開放するとなれば、さらに何倍も反発が強まることは容易に想像できる。しかし、不正利用の危険性が高まるとしても、社会的に見てそれ以上の効用が得られるのであれば実施する価値は十分にある。
Profile
高橋智明(たかはし ともあき)
1965年兵庫県姫路市出身。某国立大学工学部卒業後、メーカー勤務などを経て、1995年から経済誌やIT専門誌の編集部に勤務。現在は、主にインターネットビジネスを取材している。
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