ソフトバンクの経営状態が、徐々に瀬戸際に追いつめられつつある。1981年の創業以来何度かあった経営危機を巧みに乗り切ってきた孫正義社長だが、周囲のソフトバンクを見る目はこれまでになく厳しい。
「タイムマシン経営」の結末
ソフトバンクの経営不安が声高に語られているのは、同社が今後数年間に多額の社債を償還しなければならないからだ。その額、2007年までで約2100億円。今年分の416億円はめどをつけたが、来年以降も400億円前後の償還が毎年続く。
問題は、償還の原資をどこに求めるかである。5月に発表したグループの連結売上高は前年度比2%増の4053億円で、最終損益は上場来初めて888億円の赤字に転落した。投資の失敗による特別損が800億円以上あることを差し引いても、ソフトの卸業務や出版などソフトバンクの本業とされる事業からの利益だけでは償還分に足りないのは明らかだ。
格付投資情報センターは昨年11月に、ソフトバンクの社債の格付けを「BBB-」から「BB+」に、ムーディーズも今年2月に「Ba3」から「B1」に引き下げた。いずれも投機的を意味する格付けで、社債の償還のために新たな社債を発行することは事実上不可能な状態。メインバンクらしいメインバンクを作らず銀行との関係をそれほど重視してこなかったソフトバンクに、借金返済のための何百億円ものカネを追い貸ししてくれる銀行が登場することも考えにくい。となると必要な資金を手当てするためには、保有株を切り売りしていくしかない。
ソフトバンクは今年だけでも、米ヤフー株を1000億円超、米ユーティースターコム株を400億円超など大量に持ち株の売却を行っている。しかし、一時は5兆円を超えていた株式の含み益は、ITバブルの崩壊で数千億円程度に激減している。2000年初めにはトヨタ自動車をしのぎ20兆円超を誇ったソフトバンクの時価総額も、現在では約50分の1の4000億円ほどに過ぎない。いつまでも保有株の含み益に頼った経営を続ける余裕はないわけだ。
ナスダック撤退の影響
しかも、米国の新興企業向け株式市場であるナスダックの日本からの撤退が、経営不安に拍車をかけている。
米ナスダック・ストック・マーケットに、日本での市場開設に踏み切らせた立て役者は孫社長である。市場運営は大阪証券取引所が行っているが、企画会社であるナスダック・ジャパンは米ナスダックとともにソフトバンクが大株主だ。同社はナスダック・ジャパン市場のマーケティング活動や上場支援などを行うための企業だが、米ナスダックの撤退に伴い清算される見込み(ナスダック・ジャパン市場は名称を変更して、大阪証券取引所が引き続き運営する)。これによって、ソフトバンクが被った損失は直接的には十数億円に過ぎないが、影響はあとから効いてくるだろう。
投資先であるベンチャー企業をナスダック・ジャパンに上場させて、グループの企業価値を膨らませる──。ナスダックにかけた孫社長には、こうした目論見があったはずだ。実際、ナスダック・ジャパン市場にはグループから現在、7社が上場している。新興企業向けにはほかにもマザーズやジャスダックがあるとはいえ、親密な上場先が消えてしまうことの影響は決して小さくはない。
孫社長は「保有株式の含み益は、社債を十分に償還できる水準にある。純有利子負債に対する株主資本の倍率も、財務的に優良とされる企業と比較して遜色ない」と不安説を一蹴する。
しかし、ある証券会社のアナリストは「保有株式の中身が問題だ」と指摘する。2002年3月期時点でソフトバンクが所有する投資有価証券は約5000億円。半分は未公開企業に対するものだ。「未公開企業に対する投資のうち、8割は回収不能ではないか」と指摘する声もある。それが本当であれば、将来2000億円近い損失が発生する可能性があり、孫社長が主張するように安穏とできる財務状況にはないということになる。
カギを握る「Yahoo! BB」
ソフトバンクがいまの状況を一発逆転できるとすれば、グループの経営資源を集中させつつあるブロードバンド事業が大成功を納める以外には考えられない。ソフトバンクは2001年9月に開始したADSLサービス「Yahoo! BB」に、すでに800億円を投資している。さらに最低でも500億円程度を注ぎ込む計画だ。孫社長は「150万人〜200万人のユーザーを獲得できれば黒字化する」としているが、現在のユーザーは80万人程度だ。登場時には衝撃的だった“月額3000円”の利用料金も、他社の追随で横並び状態になってしまった。さらに、「ADSLで利益が出るようになる前に、光ファイバが普及する可能性もある」(証券会社アナリスト)ともいわれる。
孫社長がナスダックを連れてこなければ、上場まで平均で20年以上かかると言われてきた日本の株式市場で、赤字のままや創業から1〜2年での上場を果たすベンチャー企業が何社も登場することはなかっただろう。Yahoo! BBが登場しなければ、いまだに日本の高速ネット接続はISDNのレベルに止まっていたかもしれない。
こうした孫社長の功績は多とすべきである。しかし、彼がいま剣が峰に立っているのは間違いない。今後の事業の行方次第では、孫社長とソフトバンクは表舞台からの退場を余儀なくされることになる。
Profile
高橋智明(たかはし ともあき)
1965年兵庫県姫路市出身。某国立大学工学部卒業後、メーカー勤務などを経て、1995年から経済誌やIT専門誌の編集部に勤務。現在は、主にインターネットビジネスを取材している。
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