電話料金の一斉値上げにつながるNTT接続料の引き上げが、いよいよ固まる。情報通信審議会(情通審:総務相の諮問機関)は、14日に開く電気通信事業部会で2003-04年度の接続料を3分5.36円とし、現行(4.78円)比約12%の引き上げとなる省令案を承認する見通しだ。今後、国内外から反発の声が挙がるのは必至といえ、総務省IT部局は存亡の瀬戸際に立たされる。一体こんな事態に至った原因は何なのか――。そこには通信行政をめぐる霞が関の暗闘が見え隠れする。
起死回生のウルトラC
「経産省にぶら下げろ。もちろん、大臣なしで……」。昨年8月のことだ。自民党政調会のある有力議員は、総務省IT部局、すなわち旧郵政省が密かに画策していた新組織構想に引導を渡した。その構想とは「情報通信庁」の創設である。
同構想は、総務省の情報通信政策局、総合通信基盤局のIT2局を母体に、経産省(旧通産省)商務情報政策局の情報4課を取り込んで独立させ、内閣府に国務大臣が付くIT専門官庁をつくろうという計画。“橋本行革”による中央省庁再編の結果、旧自治省、旧総務庁とともに総務省へ統合され、不遇をかこっている旧郵政官僚にとって、同構想は起死回生のウルトラCだった。
その大義名分は、IT不況の克服には、情報通信産業の「振興」と「規制」を一体化した強力な行政組織が必要ということ。旧郵政官僚は政府は首相官邸、自民党は郵政族議員に働き掛け、内閣府のIT戦略本部の意思という形で、2003年4月に「情報通信庁」を立ち上げるシナリオを描いていた。設置時期にも理由がある。
新組織の設置は、郵政3事業の公社化に伴って郵政事業庁が廃止される2003年4月、つまり行政組織の枠が1つ空くときしかチャンスがない。それに間に合わせるには、昨年8月末の来年度予算・組織要求までに根回しを完了しなければならなかった。しかし、最後の土壇場に来て自民党の判断は「ノー」。旧郵政官僚のウルトラCは露と消えた……。が、それは後に大きな禍根を残す。
旧郵政官僚とNTTの“密約”
旧郵政官僚が「情報通信庁」構想の画策を始めたのは昨年春だった。ちょうどNTT接続料を検討する情通審の議論が本格化した時期に重なる。新電電や外資系通信事業者の多くは「このころ、すでにNTTと役所の間では“密約”が交わされていたのではないか」と指摘する。つまり、NTTがウルトラCの実現に協力する代わりに、旧郵政官僚はNTTに有利な法改正を進めるという取り引きだ。伝えられる主な“密約”は以下の3点。
- 東西地域会社(NTT東西)の接続料引き上げ
- 県内通信に限定されているNTT東西の事業領域拡大
- 業績不振のNTT東西の将来の合併
実際、情通審は昨年9月、接続料引き上げを示唆する答申を行った。ただし、そこへ至るまでの議論は紛糾し、醍醐聰委員(東京大学大学院教授)の発言によって接続料の東西別料金が答申されてしまう。NTT東西の合併を“密約”している旧郵政官僚にしてみれば、これは予想外のハプニングだった。答申は与野党議員の反対決議によって白紙に戻された(「IP電話を直撃するNTT接続料の値上げ」参照)。ここで注目すべきことは、反対決議が東西別料金だけでなく、長期増分費用(LRIC)モデルの廃止検討まで打ち出したことだ。
裏書される“密約”
LRICとは、NTT東西の市内回線コストを実際に投じた費用ではなく、最も効率的に回線構築した場合のモデルを想定し、その費用から接続料を弾き出す方式。2000年度に導入され、接続料の引き下げに大きく貢献した。
しかし、NTT東西にとっては常に合理化圧力にさらされる過酷な算定方式であり、早期の廃止を求めている。その検討が反対決議に明記されたということは、接続料は今回だけでなく、恒常的に上がっていく可能性があることを意味する。
さらに追い討ちをかけるように、NTT東西は昨年11月、インターネット接続サービス「フレッツ」の広域化を認可申請した。これは従来、1県1カ所を原則として都道府県ごとに設置していた地域IP網(ネットプロバイダーや企業、ユーザーグループとの回線接続点)を、東日本、西日本それぞれのエリア全域へ広げるもので、NTT東西が都道府県をまたぐ県間通信に乗り出すことにほかならない。文字通り事業領域の拡大である。
NTT再編後の公正競争の前提は、ボトルネックの市内回線を握るNTT東西には、事業領域を県内通信に限定するドミナント(市場支配的事業者)規制を課すことだった。「フレッツ」の広域化は、それを反故にするものとして、19社の新電電、外資系通信事業者が連名で「不認可」を求める意見書を提出しているが、旧郵政官僚は「NTT法」が定める「活用業務」を理由に認可する構え。「東西別料金の白紙化、LRICの廃止検討、今度は事業領域拡大……、ことごとく“密約”を裏書きしている」(中堅事業者幹部)と、新電電側の不信感は募るばかりだ。
“通産vs郵政”の終えん
一方、NTTは必ずしも「情報通信庁」構想にくみしたわけではなかった。むしろ、醍醐委員が“台風の目”となり、情通審の接続料議論が紛糾を繰り返すころには、旧郵政官僚を見限っていたと言っていい。同構想には当時、情報通信産業の監督権を奪われる経産省が猛反発しており、対抗するようにして産業構造審議会(産構審:経産相の諮問機関)がNTTを縛るドミナント規制の撤廃を打ち出すと、NTTは経産省に歩み寄る。
産構審の議論は、後に公正取引委員会の内部研究会へ引き継がれ、“市場の番人”による通信行政批判が展開され始める。最終的にまとまった研究会報告は、「電気通信事業法」「NTT法」の適用範囲を限定し、通信市場の競争監視は「独占禁止法」で行うべきとする内容。ほとんど総務省IT部局の“全否定”に近く、公取委を背後で操る経産省の「情報通信庁」潰しにほかならない。そして、自民党を含めた霞が関の政治力学が最後に導いた結論は、前述の有力議員の言葉だった。
「経産省にぶら下げろ」とは、「情報通信庁」を設置する場合も、資源エネルギー庁、中小企業庁、特許庁と並ぶ、経産省の4番目の外局に留めるということだ。それは、1980年代のVAN(付加価値通信網)戦争以来続いてきた“通産vs郵政”の主導権争いに終止符を打ち、旧郵政官僚が経産省の軍門に降ることを意味する。
独立規制機関へ組み替えも
旧郵政官僚のウルトラCは見事に潰え去った。そして、残されたのは、「情報通信庁」構想の鬼子ともいうべきNTT接続料の引き上げである。牛丼1杯280円のデフレの時代に、電話料金の値上げが相次げば、旧郵政官僚が国民の不満の的となるのは必至だ。そのとき、彼らは解体の危機に見舞われる。
通信行政を「振興」と「規制」に機能分離すべきという意見は国内外に根強くある。その急先鋒は接続料の引き下げを求める米国政府。今後、接続料をめぐる日米協議が本格化し、その外圧と国民の怨嗟の声が合致した場合、総務省IT部局を解体し、振興機能は経産省へ移管、規制機能は新たな「独立規制機関」へ組み替えようという動きが出てきても不思議はない。
いや、まさに解体の不安が、旧郵政官僚を「情報通信庁」の画策へと衝き動かしたと言える。ある外資系通信事業者の幹部が最後に言い放った。「総務省IT部局は独立規制機関に変わっても期待できない。NTTに擦り寄って、逆にはめられるような役所なのだから……」
Profile
布目駿一郎(ぬのめ しゅんいちろう)
フリージャーナリスト
新聞記者、証券アナリスト、シンクタンク研究員などで構成されるライター集団。「布目駿一郎」はその共同ペンネーム。一貫して情報通信産業の取材に当たっている
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