NTTグループの東西地域会社(NTT東西)が、ブロードバンド通信への全面進出に動き始めた。従来の回線インフラ(地域IP網)の提供にとどまらず、IP電話を直接エンドユーザーに売り込むインターネット接続プロバイダ(ISP)へ生まれ変わろうとしている。競争上のボトルネックである市内回線を握る両社が全面進出すれば、ネット市場が寡占状態になるのは明らか。しかも、背景には両社を県内通信に縛ってきた「NTT法」廃止のたくらみが見え隠れする。“思考停止”に陥った総務省IT部局に、公正競争を堅持する気概は残っているのか……。
制度屋が迫る手形の裏書
「確かに禁止されてはいないな……」。今年1月のことだ。NTT東西からのある打診について、総務省総合通信基盤局の鈴木康雄・電気通信事業部長はどう回答すべきか迷っていた。打診とは、ISP進出に向けた“奇策”であり、それを仕掛けたのは“制度屋”と呼ばれるNTT東西の企画部門である。
「NTT法」の規制がある限り、両社のISP進出は容易に認められない。鈴木部長の逡巡は続く。が、それに業を煮やしたように、3月12日付の日本経済新聞1面には「ブロードバンド事業統合 NTT4社が新会社」という大見出しが躍った。記事は、NTT(持ち株会社)と東西地域会社、さらに国際・長距離通信を担当するNTTコミュニケーションズの中核4社が、共同出資により新会社を設立し、そこがIP電話を含むブロードバンド通信に乗り出すという内容で、NTT側が打ち上げたアドバルーンにほかならない。
すなわち「ISP進出を認めないなら、新会社でやるぞ」という総務省IT部局へのブラフである。もっとも、NTT東西の制度屋にとって新会社方式では意味がない。彼らは現行の「NTT法」の枠組みの中である“奇策”を編み出し、それを盾にISP進出を鈴木部長に迫っている。なぜなら、彼らと鈴木部長はある取引関係にあるからだ。
総務省IT部局の悲願である「情報通信庁」は幻に終わった。実はその推進者が鈴木部長だった。悲願は成就しなかったものの、画策の過程で制度屋と結んだ密約は残っている(“幻”の「情報通信庁」参照)。NTT東西の事業領域拡大という、振り出した手形の裏書を、鈴木部長は迫られているのだ。
ISP料金1円も……
1999年のNTT再編以来、市内回線を事実上独占するNTT東西は県内通信に事業を限定されてきた。外部のISPや一般企業へブロードバンド通信の回線インフラを提供する「フレッツ」も、つい最近まで都道府県ごとに地域IP網が設置されていた。例えば「フレッツ・ADSL」の場合、12Mbpsサービスの料金は月額2920円(モデム代含む)であり、これに500円程度のISP利用料が上乗せされるため、ユーザーにとって割高感は否めない。ところが、NTT東西が都道府県をまたぐ県間通信のISPへ進出すればどうなるか――。
ある中堅事業者の幹部は訴える。「地域IP網の料金で元は取れているのだから、ISP料金は1円でも構わないはず。おそらくNTT東西は思い切った低料金で参入してくる」。またIP電話にしても、多くのISPは2003-04年度NTT接続料の12%引き上げ(中継交換機接続)が大きな打撃となるが、NTT東西にとっては管理会計規則上、自分の市内回線コストを自分に支払うだけのことだ。
そのうえで、既存の固定電話6000万加入の顧客へ営業攻勢を掛ければ、ニフティ(@nifty)、NEC(BIGLOBE)、ソニーコミュニケーションネットワーク(So-net)などの大手ISPさえ軒並みリプレースされかねない。対抗できるのはソフトバンク(Yahoo! BB)ぐらいだろう。しかも、すでにNTT東西は7月のサービス開始に向けて着々と布石を打っている。固定電話発→IP電話着サービスの認可申請がそれだ。
「活用業務」という手法
IP電話は「050」の識別番号が与えられたが、現在、IP電話発→固定電話着の一方通行にとどまっている。双方向通話を実現するには、固定電話の「0×××」から「050」への通話を可能にしなければならない。が、それは県間通信に当たるため、NTT東西は4月、「活用業務」に基づく認可を申請する計画。この活用業務が“隠れみの”といえ、新電電や外資系通信事業者の間では「制度屋は活用業務に乗じて、一気にISP進出を勝ち取る腹だ」と警戒の声が高まっている。
活用業務とは、「NTT法」第2条が定めるNTT東西の事業の拡大規定。1. 地域通信の円滑な遂行、2. 公正競争の確保――の2点に支障を及ぼさないことを前提に、両社の経営資源を活用した地域通信以外のサービスが認められている。
2001年の同法改正の際、自民党・郵政族議員の圧力によって盛り込まれたもので、その認可は総務大臣の判断にゆだねられている。“公の場”である情報通信審議会(情通審:総務相の諮問機関)には諮られない。情通審が審議するのは、料金にプライスキャップ規制が掛かる「特定電気通信役務」、すなわち電話、専用線、ISDN(総合デジタル通信サービス)の3サービスだけであり、ブロードバンド通信はまったく拘束されないのだ。
NTT東西の事業領域拡大に道を開いた「フレッツ」の広域化を思い出してみよう。両社は活用業務に基づいて、都道府県ごとに設置していた地域IP網をエリア全域へ広げた。このとき、総務省IT部局が募ったパブリックコメントには171件もの意見が寄せられたが、その大半は広域化を歓迎するものだった。
広域化された「フレッツ・ADSL」のISP向け接続料は、100Mbpsで1ポート当たり月額52万円の低料金。それまで数百万円かけて各県に専用線を張りめぐらしていたISPは、地域IP網との接続を数カ所で済ますことができ、ネットワークコストを軽減できる。実際、NTT東西は「ISPの費用は半減される」と胸を張り、多くのISPもそれを支持、両社の県間通信進出はユーザーの声を根拠に認可された。しかし……。
二種を一種が再販する“奇策”
巨大な楼閣もアリの一穴から崩壊する。「フレッツ」の広域化に大手ISPは沈黙を守ってしまった。事の重大さにソフトバンクですら気付いていない。実はこのとき、すでにNTT東西の制度屋はIP電話の事業化をもくろんでいたのだ。さすがに総務省IT部局は認めなかったが、制度屋は4月の固定電話発→IP電話着サービスの認可申請、すなわち2度目の活用業務で、IP電話を含むブロードバンド通信への全面進出を果たす構えだ。その切り札となるのが、冒頭で触れた“奇策”である。
総務省の鈴木部長が「禁止されてはいない」とつぶやいたのは、第二種通信事業者のサービスを第一種通信事業者が再販することの是非についてである。制度屋はNTT東日本のグループ会社(二種事業者)であるNTT-ME、またはぷららネットワークスをIP電話へ参入させ、それをNTT東西が売る“再販方式”を思い付いた。一種事業者の専用線やパケット通信などのサービスを、二種事業者が大口購入して再販することはあったが、その逆は聞いたことがない。電気通信の世界では常識外の、まさに“奇策”である。
しかも、年内に新たに施行される「電気通信事業法」の最大の改正点は一種・二種の事業者区分の撤廃。二種事業者のサービスを一種事業者が売ってはいけないという規定はなく、制度屋に“奇策”を打診された鈴木部長は「禁止されてはいない」とつぶやくほかなかった。
7月サービスインの意味
“再販方式”は事実上、NTT東西がIP電話を含むブロードバンド通信へ全面進出するのと変わらない。さらに県間通信で競合するNTTコミュニケーションズを孤立させる効果もある。東西地域会社を中心とするグループ運営を目指す制度屋にとって、日本経済新聞が報じた中核4社による“新会社方式”では意味がないのだ。そして制度屋は、“再販方式”で鈴木部長に揺さぶりを掛けながら、NTT東西の活用業務に基づくISP進出の認可を迫っている。しかも、7月サービスインの期限付きで……。
「あまりにも品がない。天下のNTTがそこまでするか!」。新電電や外資系通信事業者からは“再販方式”に対する憤りの声が上がっている。制度屋がなりふり構わずブロードバンド通信への全面進出を急ぐのは、NTT東西の将来の合併へ向けた「NTT法」の形骸化、さらに廃止をたくらんでいるからだ。しかし、「NTT法」がある以上、行政当局は公正競争を確保する適正な命令を制度屋に発動できるはず。が、“思考停止”に陥った総務省IT部局に、もはやその気概はない。
前出の中堅事業者の幹部が最後に言った。「NTT東西の制度屋がなぜ7月の認可にこだわっているか分かりますか。7月は役人の異動月。鈴木さんが電気通信事業部長でいる間にすべて片付けようという腹です」。通信行政の信用は地に落ちている。
Profile
布目駿一郎(ぬのめ しゅんいちろう)
フリージャーナリスト
新聞記者、証券アナリスト、シンクタンク研究員などで構成されるライター集団。「布目駿一郎」はその共同ペンネーム。一貫して情報通信産業の取材に当たっている
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