中小企業──地方にあるユーザーである中小企業と中小ITベンダがにわかに注目されるようになってきている。中小企業を制する者は、IT業界を制す――大げさにいえば、そういった感さえある。いったい何が起きようとしているのだろうか。
中小企業におけるITリテラシーの状況
理由は2つある。
1つは2000年問題とIT不況の影響だ。1999年ごろ、2000年問題への対策として大手企業の多くがシステムのリプレースを行い、これによってシステムの導入需要はほぼ一巡してしまった。これに加えて長引く不況が企業の投資を抑制しており、IT関連の予算も削られ続けている。大企業相手のビジネスは、先細りの一方なのだ。これまで大手企業向けのビジネスを中核に据えてきたITベンダ各社は、売り込み先を探しあぐねている。そんな状況の中で、これまでIT化があまり進んでいなかった中小企業に目をつけるのは、当然の成り行きというものだろう。
これまで日本の一般中小企業におけるITの浸透度は、かなり寒い状況だった。あるIT業界関係者は話す。
「どこの中小企業でもパソコンやプリンタ自体は導入しており、『OA化はされている』というレベル。だがどのマシンもスタンドアロンで運用され、ワープロ専用機的に使われている程度。印刷するのにいちいちフロッピーディスクにドキュメントを落とし、プリンタがつながった別のマシンで読み込むといったことは日常茶飯事だ」
営業レポートを作るソフトをMicrosoft Excelに統一したのはいいものの、フォーマットをまったく統一しなかったために後からもう一度すべて入力し直すなどする羽目になり、最後は「やっぱり表計算ソフトは使えないね」という結論に落ち着いた――という笑えない話さえある。先端的なオフィスで働いている人からすると、まるで20年前のパソコン創生期の光景のように見えるだろう。しかし地方の中小企業では、これが2003年現在の現実なのだ。先の関係者は「東京と地方の情報リテラシーの差はきわめて大きい。地方のITは、間違いなくアジア諸国よりも遅れている」と嘆息する。
建設業や製造業などの保守的な産業に、特にこうした傾向は強いという。経営者の中には、いまだにITに対して拒否反応を示す人も少なくない。「うちは建設業だから、ITなんか関係ないよ」という発想だ。
問題の経済構造的背景
だがユーザーサイドである中小企業の側に、ここに来てITを導入しなければならない事情が降ってわいてきている。それは政府がe-Japan構想に基づいて進めている電子政府・電子自治体計画だ。今後、政府や自治体が発注する公共事業はすべてが電子入札に変わる。政府レベルではすでに今年度から電子入札が取り入れられており、2007年にはそれが自治体レベルにまで降りてくる予定だ。マイクロソフト・ゼネラルビジネス統括本部新規ビジネス開発部長の熊井宏尚氏は、「現状では公共事業を請け負っている地方の土建会社の多くが、まったくIT化されていない。パソコンは一応は置いてあるが、使っていないという現状だ。それが今後、電子入札の導入で否が応でもITを利用しなければいけなくなってくる。土建会社の危機感はかなり強い」と解説する。
本来、こうした業種の中小企業に対しては、同じ地域のITベンダが地元密着型の営業力を生かし、ITの重要性を普及啓発しながら、導入を図っていく役割を担うべきだった。ところが日本では、地方のITベンダは大手ITメーカーに系列化され、大手メーカーが受注してきた大口の仕事を下請けするだけの存在に成り下がっているところが少なくない。メインフレーム向けのCOBOLのプログラムをひたすら組むといった、グローバルなIT業界のトレンドとはまったく縁のない仕事を延々と続けてきたわけだ。これではビジネスチャンスは増えず、ましてやエッジなテクノロジに対する感度が育つわけもない。
先の関係者は「巣の中の幼鳥のように、口を開いていれば仕事が降ってくるという状況の中で、どこも営業努力をしてこなかった。特に中小企業はITのリテラシーが低いことに加え、売り上げ規模も小さく、地方のITベンダにとっては魅力のあるビジネスに映らなかったのだろう」と指摘する。
こうした構造的問題は、「ITゼネコン」という言葉で批判されている。通信バブル、ITバブルの崩壊で、IT業界は政府のe-Japan構想を中心とする官需への依存を急速に強めつつある。その状況の中で、ITに詳しい担当者の少ない自治体からのシステム受注を丸受けし、それを下請け、孫請けの形で地方の地場IT企業に落としていく。その構造は建設業課でゼネコンが行ってきたビジネスそのものであり、業界の硬直化を招き、最終的には日本のIT業界を衰退させていくのではないか――というのが批判の趣旨だ。
中小企業に切り込むマイクロソフト
ではこのゼネコン構造を変えるには、どうすれば良いのだろうか。
そこで冒頭に上げた「注目される理由」の2つ目となる。大手ITメーカーに系列化されてしまっている地方の中小ITベンダを活性化し、独自の技術力と営業力で勝負できる企業へと脱皮させるしか、ゼネコン構造をひっくり返す手だてはない。いや、地方の中小ITベンダを立ち直らさなければ、日本のIT業界の未来はないだろう――そんな悲痛な願望にも似た意見が、IT業界の中から聞かれ始めているのだ。
そうした日本のIT業界を再生させようという取り組みは、皮肉なことに外資系のIT企業を中心に活発になりつつある。メインプレーヤーは、マイクロソフトやサン・マイクロシステムズといったメーカーだ。マイクロソフトを例に挙げて、その取り組みを見てみよう。
同社は2001年秋、「全国IT推進計画」という強烈な名称のプロジェクトをスタートさせた。マイクロソフト製品を直接売り込むのではなく、まず地方の中小企業にITの重要性を気付かせることから始めようとする遠大な計画だ。同社ゼネラルビジネス統括本部IT事業開発部長の白水公康氏は、この計画をスタートさせた理由をこう語る。
「中小企業向けの営業活動は、以前からマイクロソフトとしても行っていた。だがそのアプローチは、特定の製品を紹介して売り込むという大企業相手と同じ方法で、結果的にはうまくいかなかった。まずITを導入すると具体的にどのようなメリットがあり、どのような活用方法があるかという啓発活動から始めなければいけないことに気付いた」
計画の最初のスタート地点として、マイクロソフトが最初に取り組んだのが、IT実践塾というセミナーだ。同社の紹介はいっさい行わない。ITを導入すると、会社がどう変わるのか。ひたすら具体的な話を中心に説明を行う。これまでマイクロソフトがあまり接点を持ってこなかった商工会議所や銀行の経営者クラブ、地方の業界団体などに交渉し、そうした団体の企業支援カリキュラムに組み込んでもらう形で無償で開催。開催回数はすでに500回を突破し、出席した経営者たちは延べ1万5000人にも達しているという。
さらにこのIT実践塾の講師には、同社が組織化している地方の中小ITベンダが人材を派遣する仕組みへと切り替えつつある。マイクロソフトは全国IT推進計画の一環として、地方のITベンダを集めた「 IT推進全国会」という団体を組織しているのだ。マイクロソフト認定パートナーを基盤とし、さらにパートナーとなっていない企業に対しても一本釣りの形で加入を交渉し、組織作りを進めていったという。マイクロソフトという企業にしては珍しい、かなり泥臭く地道な努力を続けてきたようだ。
その結果、これまでに270社近いITベンダが参加。そしてこの全国会を活用し、例えば岐阜県でIT実践塾を開催する際は、全国会に加入している岐阜県内のITベンダが技術者を講師として派遣する仕組みを作り出している。前出の白水氏は「地方の顧客がITを導入する際は、身近な相談相手が近くにいるかどうかが大きなカギとなる」と話す。
“キャラバン”で掘り起こされる地方マーケット
この枠組みは、二重の意味で興味深い。
まず第1に、IT実践塾に地元のITベンダが講師を派遣することにより、それぞれの地方に「ITコミュニティ」が生まれてくる可能性がある。こうしたコミュニティが今後、自律的に育っていけば、地方のIT化にとって大きな起爆剤となる可能性をはらんでいるといえるだろう。もう1点は、これまで大手ITメーカーの系列に甘んじてきた中小ITベンダが、こうした枠組みによって系列から外れ、独自の営業努力によって自立したベンダとして育っていく可能性が出てきたことだ。
マイクロソフトはこれらのプロジェクトを補完する形で、昨年10月からは「IT体験キャラバン」をスタート。専用の10トントレーラーで全国を回り、各地で中小企業向けのセミナーを開催している。かなり小規模な町村など、これまでITベンダがまったく相手にしていなかった地域を中心に回り、これまで100カ所近い町村を訪問したという。受講者となっている経営者や自治体職員の多くは「ITの話をきちんと説明してもらうのは初めてだった」という感想を寄せているといい、埋もれたマーケットが地方に存在することを浮き彫りにするような結果となっている。
またマイクロソフトは昨年末から、「経革広場」という名称で中小企業向けのビジネスポータルサイトも開設。商材検索サービスや電子調達、経営相談などを.NET Passportを使ってワンストップで提供している。このサービスには地方自治体からも注目を集めており、岡山市に対してOEM供給が決定。今年7月末から、同市の中小企業向け公共サービスの一環としてスタートする予定という。
中小企業を対象としたマーケットは、IT業界にとってはいろいろな意味で“最後の聖地”となりつつあるようにも見える。果たしてこの巨大なマーケットを活性化し、日本のIT業界再生の起爆剤とすることができるのか。そしてそのとき、このエマージングマーケットをどこが制しているのか。今後も注目していきたいところだ。
Profile
佐々木 俊尚(ささき としなお)
元毎日新聞社会部記者。殺人事件や社会問題、テロなどの取材経験を積んだ後、突然思い立ってITメディア業界に転身。コンピュータ雑誌編集者を経て2003年からフリージャーナリストとして活動中
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