「通信業界はまだ、産業界から見れば成熟しきっていない。ここに向けた商品やサービスを展開できなければ、企業としては勝ち残れない」──WILLCOM FORUM & EXPO 2007の講演に登場したウィルコムの土橋匡副社長は、これからのフォーカス分野について、こう切り出した。
他キャリアに先駆けて打ち出したデータ定額プランで、法人やビジネスコンシューマー層を取り込み、音声定額で一般コンシューマー層の取り込みに成功したウィルコムは順調に契約数を伸ばし、その契約数は2007年3月末で約453万に到達。「2年前に比べると、約50%ほどお客様を増やすことができた」と、土橋氏は胸を張る。
しかし、携帯各社も各種定額プランを取り入れ始めるなど、通信業界の競争は激しさを増している。この競争に勝つためには、法人や医療、テレメトリングといった産業分野にも注力する必要があるという考えだ。
土橋氏は、ウィルコムが産業分野で事業を拡張する際、強みとなるポイントがいくつかあると説明する。1つは、多彩な定額プランと予算化しやすい料金体系だ。
定額プランは、070番号への通話とEメールの送受信を24時間定額で利用できる「ウィルコム定額プラン」(月額2900円)を提供中。3回線以上の申し込みから法人割引が適用され、1契約あたり月額2200円で利用可能になる。
PHSから携帯に電話した場合の料金も「30秒13.125円と、携帯料金プランの携帯−携帯間の料金よりも安く設定している」と土橋氏。この料金をより分かりやすい形でパッケージ化した「070以外もお得な通話パック」(月額1050円)をオプションで追加すれば、最大60分までの070以外への番号あての通話が無料になる。
さらに6月からは、新たな定額料金プランとして、1時から21時まで070あての通話とEメールの送受信が無料になる「ウィルコムビジネスタイム定額トルプルプラン」(月額1900円、3回線以上から契約可能)を提供予定。「ソフトバンクモバイルが、ホワイトプランとWホワイトを出し、大きな反響があったと聞いているので、料金的に対抗することをかなり意識した」(土橋氏)というプランの投入で、中小企業や法人に販路を拡大する計画だ。
ウィルコムの料金プランは、Eメールの月額利用料がかからず、定額の範囲内で利用すれば“人数×定額プランの月額料金”で利用できる。利用頻度が高い月でも月額料金にさほど大きな差が出ないことから、予算化しやすい点も企業導入時のメリットになると土橋氏。さらに、070以外もお得な通話パックでは、余った料金を繰り越したり分け合ったりできるので、むだなく使えると付け加えた。
もう1つのポイントは、「(ラインアップ数は少なくても)1つ1つの端末について、ユーザーの利用シーンを想像してリリースすることが大事だと考えており、セグメントを細分化して提供する」(土橋氏)という端末の開発方針だ。
その取り組みの1つとして挙げられるのが、ユーザーのニーズにあった端末を開発しやすくする「W-SIM」を導入した点だ。開発が難しい通信部分をW-SIMに集約することで、PHSの開発経験がないメーカーにも端末開発の道が開けると同時に、少ないロットで端末を作れるようになった。
病院向けの抗菌モデルやベネトンコラボモデル、大手量販店モデルが登場したnico.シリーズや、バンダイとのコラボレーションから生まれた「キッズケータイpapipo!」は、こうした取り組みから生まれたニーズ特化型モデルといえるだろう。
同社の戦略製品「W-ZERO3」シリーズも、ハイエンドユーザーのニーズを汲んで開発し、それが成功した端末の1つだ。昔からある“PDAにAIR-EDGEのデータ通信カードを差して使う”という用途に応えるとともに、データ定額と音声定額に対応したことからユーザーの支持を集めた端末で、日本のスマートフォン市場が立ち上がるきっかけをつくった。「“物理的な大きさは携帯電話で、できることはPC”というデバイスをいち早く発売した」(土橋氏)。最近では、個人情報保護の観点からPCを持ち出せない企業ユーザーからのニーズも増えるなど、マーケットの拡大に一役買っているという。
音声端末についても、Javaやフルブラウザに対応した端末のほか、企業の内線用途の端末「WX220J」をラインアップするなど、法人市場のニーズに対応する。
ウィルコムが定額プランの導入で強みを発揮しているデータ通信市場向けにも、PCカードスロット対応のデータカードに加え、CFカードタイプやUSBポート対応、Express Card対応など、各種インタフェースに対応するデータカードを用意している(2月19日の記事参照)。
シンプルで分かりやすい定額プランと、用途を明確化した端末の組み合わせで産業分野にアプローチするというのが、ウィルコムの戦略だ。
法人分野では、ウィルコムの音声定額を採用した企業を起点に、本社と支店間、関連会社、店舗、取引先などにも音声定額を拡大すべく、2つの音声定額プランを提案する。「夜9時以降も電話する企業であれば、(3回線以上は)月額2200円のウィルコム定額プラン、夜9時までに仕事の電話が終わる企業には、ウィルコムビジネスタイム定額トルプルプランをアピールしていきたい」(土橋氏)
また、固定網とPHS網を絡めた定額プランも積極的に提案したい考えだ。「PBXにアダプタを取り付けて、会社の固定電話から070とかけると、ルーティングしてPHSのウィルコム定額網で外出先の営業マンや取引先に電話できる。ニーズが高く、最近、企業からの問い合わせが多い。世の中に約300万台ともいわれる、PBX(構内交換機)にぶら下がる子機のマーケットを積極的に狙う」
低電磁波というPHSの特性が生きる医療分野では、単なるナースコール的な医師と看護士のコミュニケーションにとどまらない、ツールとしての用途を提案したい考えだ。「活用例としては、調剤薬局と医師とのコミュニケーション用途、救急車にPHSを導入して心電図を送るという用途がある」(土橋氏)。入院患者向けのPHSの貸し出しも増えており、外部とのコミュニケーションが閉鎖されがちな環境下で仕事の引き継ぎや連絡ができると、好評だという。
M2M(マシントゥマシン)の分野では、もともと需要があったエレベーターやコピー機、シールプリント機に加え、案件が増えつつある電子マネー系やガス/水道/電力の検針といった社会インフラへの対応を強化するとし、アッカ、マイクロソフトと立ち上げたM2Mコンソーシアムで協業しながらさまざまな用途への対応を検討する計画だ。
ウィルコムは、社員数が1000名規模と、大手通信キャリアに比べて人的リソースが限られていると土橋氏。そのため、“何が何でも自社でやる”という体勢では成り立たず、他業種とのコラボレーションが重要になると話す。
「例えばキッズケータイpapipo!の開発では、互いのメリットやデメリット、どうしたらWin-Winモデルになるか、どうやったらユーザーに理解され、使い続けてもらえるかを考えて“この部分はバンダイ、ここはウィルコム”というようにビジネススキームを構築した。(携帯キャリアのような)垂直統合型ではなく、水平展開型で事業を行っているので、玩具やスポーツ、衣料、証券など、さまざまな業種とどうやって新しいマーケットを作れるかを日々考えている」(土橋氏)
ユーザーのニーズに合ったエリア展開、制約のない料金プラン、さまざまなサービスと商品をマージしやすいアプリケーション開発、端末開発、各企業とのコラボ──。こうした要素を軸に、新たなマーケットの創出に積極的な企業と連携することで、産業界でのプレゼンスを高めたい考えだ。
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