スマートフォンはフィーチャーフォンと違い、OSをバージョンアップできることが魅力だ。OSが変わると新しい機能やUI(ユーザーインタフェース)が追加され、1台のスマホを長く使い続けることにもつながる。特にiPhoneは数年前の機種でも最新OSを使えることが多い。例えば2011年に発売された「iPhone 4s」は、2015年に配信された「iOS 9」を利用できる。4年も最新OSを使えるというのは、スマートフォンでは非常に珍しいケースといえる。
Androidの場合、海外ではiPhoneと同様にメーカー主導でOSバージョンアップを行うことが多いが、日本では通信キャリアが実施するかどうかを決める。直近で話題を呼んだのは、ソニーモバイルコミュニケーションズの「Xperia Z1」が、海外ではAndroid 5.0へのバージョンアップが可能だったのに、NTTドコモ版ではバージョンアップが見送られたことだ。発売から2年がたっていないこともあり、ユーザーからは大きな不満の声が挙がり、署名サイトでページが立ち上がる事態にまで発展した(→ドコモのXperia ZやZ1でAndroid 5.0のバージョンアップが見送られた理由)。
この一件からも、いかに多くのユーザーがOSバージョンアップに関心を寄せているかが分かる。通信キャリアはどのようなスタンスでバージョンアップに取り組んでいるのだろうか? なぜ、機種によってバージョンアップできない場合があるのか? NTTドコモのプロダクト部 プロダクトイノベーション担当課長の南本(みなみ もとい)氏と、プロダクト部 プロダクトイノベーション担当の馬場園稜氏に話を聞いた。
まず基本的な考えとして、「お客さまから要望、期待いただいているので、OSバージョンアップは重要視しています」と南氏は話す。「新しいOSの機能は、過去機種を持っている人にも積極的に使ってほしいという思いがあります。できるだけ多くの機種にバージョンアップを提供していきたいと考えています」(南氏)
その際に重要になるのが、バージョンアップの「機種数」と「時期」だ。対象機種は、どうしても一部に限られてしまうし、Googleが最新OSの提供を開始してからドコモ端末がバージョンアップ可能になるまでに数カ月のタイムラグが生じることが多い。ドコモとしても、できる限りたくさんの機種で、早くOSバージョンアップを行っていく方針を固め、2015年度の冬〜春モデルの発表会でも、「Android 6.0についてはなるべく早く提供する」旨のコメントを出している(→「プレミアムからカジュアル、タフネスまで」ドコモ冬春モデルの狙い “Marshmallow”対応も迅速に)。
その方針の通り、これまでと比べて、OSバージョンアップの取り組みは数字の上からも改善している。まずバージョンアップ対象の機種数は、Android 4.4が9機種、Android 5.0が15機種だったのに対し、Android 6.0では20機種にまで増えた(→ドコモ、Android 6.0へのバージョンアップ予定機種を案内――3月上旬から順次)。配信時期も、4.4がGoogleが公開してから8カ月、5.0が7カ月かかっていたのに対し、6.0では5カ月に短縮できた。実際、6.0ではXperia Z5/Z5 Compact/Z5 Premiumの3機種が3月2日からバージョンアップが可能になり(→ドコモ、Xperia Z5シリーズ3機種のAndroid 6.0バージョンアップを開始)、海外版とほぼ同じタイミングでの6.0提供となった。「超特急で進めました」という南氏の言葉が大げさでないことが分かる。
対象機種はどのように決めているのか。南氏は「明確に定めているわけではありませんが」と前置きしつつ、まずは発売してから2年以内の機種を候補に出し、メーカーに打診するという。契約の2年縛りや割賦販売があることを考えると、この方針は妥当といえる。
しかしAndroid 6.0でも、2年以内に発売された機種の全てが対象になっているわけではない。例えばソニーモバイルの場合、2014年5月に発売された「Xperia Z2 SO-03F」はバージョンアップから漏れている。南氏が「Z2もバージョンアップをやりたい思いはありましたが、(ドコモが定めた)基準を満たしませんでした」と話す。つまり、Z2も検証はしたが、結果として見送る形になったわけだ。
Xperia Z2のグローバルモデルはAndroid 6.0へのバージョンアップは可能だが、なぜドコモ版は条件を満たさなかったのか? まず、バージョンアップの条件は「ハードとソフトの両方がある」(南氏)という。
ハードに関連するのは「FeliCa」や「ワンセグ」など日本独自の機能だ。例えばバージョンアップをしたために、おサイフケータイの楽天EdyやモバイルSuicaが使えなくなったり、ワンセグを視聴できなくなったりする恐れがある。実際、Xperia Z3/Z3 Compact/Z2をAndroid 5.0へバージョンアップをした際に、一部の地域でワンセグ/フルセグを視聴できなくなる不具合が発生した(→「Xperia Z3」のOSアップデートを一時停止 ソフトバンクとドコモ)。
ソフト面では、「バージョンアップ前に使える全機能がバージョンアップ後も問題なく使えるかを確認する」(南氏)。これを担保できて初めて、バージョンアップの実施が決まる。
このように日本向けのモデルでは検証内容が多いため、グローバルモデルよりもバージョンアップ開始までに時間がかかることが多い。それでも、ここまで期間を短縮できたのは、Google側のサポートも大きかったそうだ。といっても対通信キャリアとしてではなく、あくまで開発者向けサポートの範囲だ。「今回はGoogleのプレビュー版から開発検証を始めました。Lollipop(Android 5.0)ではプレビュー版の精度があまり高くなかったのですが、Marshmallow(Android 6.0)は比較的精度の高いリリースがあったので、それを活用しました」と馬場園氏は振り返る。
一方、ドコモのアプリやサービスが、新OSの障壁になることもあるのでは? という疑念も残る。これに対し南氏は「弊社のサービスも、新しいバージョンに対応する開発が必要なのは事実ですが、それだけがネックになっているわけではなく、複数ある条件のうち1つでも欠けると実施できなくなります」と答える。また、ソフト面よりもハード面(FeliCaやワンセグ)の方が、新OSに対応させる難易度が高いそうだ。
OSバージョンアップは、キャリアやメーカーにとって、コストのかかる作業でもある。それをドコモの全機種で実施すると膨大なコストになってしまうため、あえて対象端末を選んでいるのでは……といううがった見方もできるが、南氏は「開発費やリソースがかかるのは事実ですが、それが理由でバージョンアップをしないわけではありません」と答える。あくまでドコモが定めた基準を満たすかで決めているようだ。
Xperia Z1は5.0に、Z2も6.0へと本来はバージョンアップさせたかったが、見送ったことはドコモとしては「苦渋の決断だった」(南氏)というのが本音だ。
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