iPhoneアプリと専用キットを使い、精子の状態を自分でチェックできるサービス「Seem」をご存じだろうか。リクルートライフスタイルが2016年11月から提供しており、専用キットはECサイト(Amazon.co.jpやビックカメラ.COMなど)や実店舗(ココカラファインやビックカメラ)で販売している。価格は4980円(税込)。
キットには採取用カップ、採取棒、測定チケット、顕微鏡レンズ(以下、レンズ)が含まれる。使い方は、まずカップに精液を採取し、精液が液化するまで15〜30分待つ。液化したら、採取棒の先端に一滴の精液を乗せ、レンズのカバー下に精液を広げる。その後、アプリを起動したiPhoneのインカメラにレンズをセットして動画を記録すると、精子の濃度や運動率が表示される。
スマートフォン向けサービスとしてはユニークな部類に入るが、なぜリクルートはSeemの開発を決めたのか。ネットビジネス本部 事業開発ユニット ビジネス開発グループの入澤諒氏に話を聞いた。
日本の出生数は、1973年の210万人をピークに下降が続いており、2016年には初めて100万人を下回った。少子化の原因の1つである晩婚化に伴い、不妊治療をする夫婦も増えている。夫婦の5.5組に1組が不妊の検査や治療を受けたことがある中で、WHO(世界保健機構)の調査によると、不妊症の48%が男性に原因があるという。その内訳は「男性のみ」「男女両方」がそれぞれ24%だった。
さらに、男性の10人に1人は精子の状態が悪く、100人に1人は無精子という検査結果も出ている。これらは「あまり知られていない事実」と入澤氏は言う。
不妊の原因は女性にあるという誤解や偏見もあって、男性が自主的に検査をすることが少ない一方で、男性に原因があることが後から分かるケースもある。入澤氏は「男性に話を聞くと、自分は大丈夫という人が多い。射精はできていて精液の色も濁っていますが、実はそれでも精子がいない場合があります」と話す。男性不妊の原因は、精子の数が少ない「乏精子症」、精子が見当たらない「無精子症」、精子の運動率が低い「精子無力症」などがある。
女性が主体となって行っている妊活から不妊治療までの流れは、最初の1〜2年では女性が自宅で基礎体温を調べたり、検査薬で排卵日を調べたりする「自己流妊活」を行う。それでも妊娠できなければ、産婦人科で排卵時期を調べる「タイミング法」を半年ほど行う。ここまで男性は何もしていない。
その次に行うのが「人工授精」。ここで初めて男性が精液検査を受けるが、男性に問題があった場合、それまで1〜2年かけて続けてきた自己流妊活やタイミング法は無駄になってしまう。女性は年齢が上がるほど妊娠しづらくなるため、1〜2年の時間はとても貴重だ。タイミング法には20万〜30万円のコストがかかり、その負担もばかにならない。
男性が自ら精子を調べて早期に問題を発見できれば、不妊治療の時間や金銭の負担を軽減できる。そして治療に伴う女性の身体的負担、「私に問題があるのかも……」といった精神的負担を軽減できることも大きい。なかなか妊娠できないことのストレスから夫婦仲が悪化するような事態も防げるかもしれない。
男性がいきなり病院で検査をすることのハードルが高くても、自宅で手軽にチェックできれば、一歩を踏み出すきっかけになる。「最初に男性が行動を起こすことで、全体の形を変えることができます」と入澤氏は期待を寄せる。
実際、リクルートリクルートライフスタイルの社内で20人がSeemを使ったところ、4人に男性不妊の疑いが見つかり、うち1人は無精子症の恐れがあることが分かった。その後、専門機関で検査をしたところ、先天性の無精子症と診断され、治療を開始。アプリを利用してから半年後に妻が妊娠した。
注意したいのは、Seemはあくまで簡易測定ツールであり、医療機器ではないこと。Seemでは“診断”はできないので、店舗では雑貨として扱われている。リクルートライフスタイルは、必要に応じて医療機器を受診するよう呼びかけている。アプリから、精子の濃度と運動率の下限基準値を確認できるので、測定結果から受診するかどうかを判断できる。
では、Seemでどれだけ正確に精子の状態を測定できるのか。「いい加減な結果が出るものは製品化できない」(入澤氏)と考え、男性不妊専門医の監修のもと、Seemの臨床試験を実施した。200例を超える精液を対象に、濃度と運動率の相関性を調査したところ、「男性に医療機関の受診を促す動機付けとしては十分な精度」であることが確認できたという。
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