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iOS 12と新型iPhoneを取り巻く「Apple Pay」最新事情鈴木淳也のモバイル決済業界地図(3/3 ページ)

» 2018年12月25日 06時00分 公開
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9年越しでNFCのセキュアエレメント(SE)論争が決着

 先日、やはり井上翔氏も触れていたが、モバイルNFC、特にAndroid向けのNFC決済サービスに不穏な動きが続いている。例えば、2014年初頭にスタートしたNTTドコモの「iD/PayPass(後にiD/NFCに改名)」が2018年7月末日でサービスを終了したことだ。

 iD/NFCは、「dカード(旧名:DCMX)」保持者がそのアカウント情報を利用して「iD」とMastercardが提供する「PayPass(Mastercard Contactless)」を利用できるというもの。日本国外ではiDは利用できないが、これをMastercardが提供する非接触決済サービス(「NFC Pay」「EMV Contactless」などと呼ばれる)に相乗りすることで代替するというものだ。

 利用する地域で自動的に両サービスが入れ替わるため、国内外どこでもスマートフォンを使った非接触決済が利用でき、さらに請求はdカードに集約されるというメリットがある。サービス自体のもともとの利用者が少ないという理由もあるが、結果として4年あまりで終了となった。

 iD/NFCだけでなく、三井住友のVisa payWaveやJACCSの同様のサービスも終了しており、「Androidスマートフォンに非接触決済サービス(EMV Contactless)を登録して利用する」という仕組みそのものが事実上消滅している。Apple PayではiOS 11以降に「American Express、JCB、Mastercardのカードを登録することでEMV Contactlessの非接触決済サービスも利用できる」ようになったが、逆にAndroidではGoogle Payで同様のサービスが現在日本向けに提供されていないためだ。

 Visaは2020年の東京五輪を目標に日本国内でのEMV Contactless、特にpayWaveの利用を促進し、カードを発行するイシュアには「原則としてpayWaveの機能をカードに搭載する」ように通達している。だがスマートフォン事情を鑑みれば、Apple PayでVisaは利用できないし、Androidでは次々とサービスが終了する逆行した動きになっている。

 Apple PayがEMV Contactlessのサービスを開始する一方で、先行して提供していたAndroid側では次々とサービスが終了する……このトレンドで共通点を1つ探すと「SIMカード」という単語に行き着く

 iD/NFCでは、iDの機能は端末に内蔵されたFeliCa SEというセキュアエレメントに情報が格納されるが、PayPassについてはSIMカード側に保存される。この両者を決済する場所で適時切り替えるのがiD/NFCサービスのキモとなっている。

 同様に、三井住友やJACCSなどのサービスもSIMカード側にカード情報が保存される。一方でApple PayはSIMカードではなく、同社が「Secure Enclave」と呼ぶセキュアエレメント内に情報が保存され、SIMカードの影響を受けない。つまりSIMベースで提供されていたサービスが次々と終了しているわけだ。

 こうした動きについてFeliCa技術を開発するソニーに質問したところ、非常に興味深い回答が返ってきた。もともとの質問は「香港で提供している八達通(Octopus)をモバイル対応させるSIMカードがあるが、最近の状況はどうなのか」という内容だったが、それに対して同社は「SIMカードは端末との相性があり、最近ではSamsung Payがモバイル八達通サービスの提供を開始したように、ベンダーとの提携でウォレットサービスに相乗りする方向性を見い出している」と説明する。

 つまり、SIMカードに決済サービスを同居させる仕組みは次々と登場する端末での動作検証など負荷が大きく、「モバイルウォレット」として品質を保証する端末メーカーのサービスに相乗りし、相手に任せてしまった方が問題も少なく、実際に展開もしやすいというわけだ。

八達通 2014年に香港で販売が開始された、NFC対応スマートフォンで八達通が利用可能になるSIMカード。7-Eleven店舗で販売されているので、誰でも簡単に入手できる

 これは、SIMカードに決済機能(あるいはウォレット)を搭載したサービスが最近ほぼ登場しておらず、既に提供していたサービスも続々と縮小または消滅しており、これを2010年代前半に強力に推進していた携帯キャリアの業界団体であるGSMA自身があまり普及に熱心でなくなった現状を考えれば納得がいく。

 SDメモリカードなどの記録媒体を使って端末関係なく決済サービスを利用可能にするサービスもまた同時期にいくつか提案されたが、中国で銀聯カードが早期トライアルを行った事例を聞いた程度で、世界的にほとんど広がりを見せていない。

 銀聯カードはその後、中国移動通信(China Mobile)との提携で同社のNFCを使った非接触決済サービス「QuickPass」の普及を図ったが、この試みも事実上頓挫している。普及期に「支付宝(Alipay)」や「微信支付(WeChat Pay)」といったQRコードを使った決済サービスが爆発的に広まったためで、銀聯カードは後にApple Payと提携し、さらにHuaweiやXiaomiといった端末メーカーのウォレットサービスに相乗りする形でQuickPassを展開する方向に転換し、現在に至っている。つまり、ほぼソニーの指摘するトレンドに乗っている形だ。

QuickPass 杭州地下鉄では、Alipayを使ってQRコードで改札を通過できるだけでなく、銀聯カードのNFC版であるQuickPassを使って通過することも可能。タッチ部分のマークに注目。いわゆるロンドンのTfLなどで採用されているオープンループの仕組みだ

 かつて、モバイル決済の世界には「セキュアエレメント(SE)」論争が存在した。決済サービスのキモとなる決済カードの情報を誰が握るのか、その主導権を巡ってGSMAがプッシュする「SIM方式」、端末メーカーがプッシュする「内蔵SE(eSE)方式」、どちらにも属さない銀行などサービス事業者が提供する「SDカード方式」の主に3つが存在していた。

 SDメモリカードはそもそも広域での認知を得られず、最近ではローカル市場向けに「大容量」を生かした個人情報の保存媒体としてその道を示している。SIMカードは2010年代前半に次々とサービスがローンチされたが、前述の理由で数年とたたずに勢力を縮小させていった。結局、もともとモバイル決済サービスの出発点となったeSE方式が最後まで残る形となり、2010年に始まったSE論争は9年越しで決着することになった。

 このeSEの代表的な存在が、日本のユーザーにはおなじみの「おサイフケータイ」だが、これもまた以前のレポートにあるように変質しつつある。Googleは「Google Pay」のサービスで仕様をApple Payへと寄せてきており、具体的にはこれまでハードウェアドリブンだったおサイフケータイの動作を、よりソフトウェアで制御する方向へと誘導している。

 現状はまだおサイフケータイの仕組みそのものだが、使い勝手も含め、今後数年でApple Pay的なものになると考える。また、Pixel 3では残念ながら「日本独自モデル」なので海外モデルで日本のFeliCaサービスを利用することはできないが、ソニーによれば「道筋はつけられた」ということで、次代以降のPixelならびに、Google以外から登場する海外版Androidスマートフォンについても、Google Payを通じて日本のサービスが利用できる日は近いかもしれない。

 海外にFeliCaを普及させるというよりも、「交通系サービスでFeliCaを使っている地域でも旅行者が問題なく利用できる環境を整備する」という意味合いが強い。現状は日本と香港だけだが、ソニーによればベトナムとインドネシアでの事業が進んでいるということで、利便性向上においてもFeliCaサポートは重要な意味を持つ。

 こうして振り返るとモバイル決済の歴史においてApple Pay登場の意義は大きく、今後のトレンドを決定付け、セキュアエレメント論争を終わらせ、ライバルであるGoogleの動向に影響を与えただけでなく、長らく行き詰まっていた日本国内のモバイル決済事情を動かす原動力になっている。iPhoneの販売不振がささやかれる昨今だが、少なくともモバイル決済分野においてはトレンドリーダーとして君臨し、今後もしばらくはその地位は健在だと考える。

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