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» 2019年05月24日 06時00分 公開

鈴木淳也のモバイル決済業界地図:QRかICカードか? 交通系チケットシステムを巡る世界の最新事情 (1/5)

廉価版「Suica」のシステムを外販し、海外展開や交通系ICカードシステムの日本全国への普及を目指す計画の可能性が報じられている。一方、地域交通でQRコードを使う取り組みも進みつつある。世界の交通系システム事情も交え、交通系チケットシステムの現状を解説する。

[鈴木淳也(Junya Suzuki),ITmedia]

 2018年4月に日本経済新聞の電子版が「JR東社長『廉価版Suicaを研究』」という記事で、現状の交通系IC「Suica」のシステムをより安価で導入しやすいものとし、海外展開を視野に入れたシステム外販を目指している旨の報道を行った。

 それから1年以上が経過した2019年2月、今度は産経新聞が「JR東日本、スイカ簡易版システム導入へ 全域カバーで電子マネー経済圏づくり」のタイトルで、JR東日本が廉価版Suicaを地方交通に提供することで、交通系ICカードシステムの日本全国への普及を目指す計画を報じている。

 筆者の取材によれば、後者の試みはもともと国土交通省が目指す「交通系ICカードの(全国への)普及と利便性拡大」を主軸に、同省ならびにJR東日本、FeliCaを擁するソニーらが進めているもの。最低でも初期導入費用が数億レベルと導入負担が大きい交通系ICカードのシステムを簡素化し、さまざまな施策を通じて地方交通にも広げていくことが狙いだ。

 一方で時事通信の2018年10月20日の報道によれば、経済産業省が地方交通向けに「統一QRコード決済」を推進していく旨の計画があるという。実際のところ、こちらの動きは国交省側の計画とは独立したものであり、観測気球に近い形で、本来は国交省の管轄である公共交通行政に経産省が割り込みを模索したものではないかと考えている。

 「交通機関から決済まで全部Suicaが使えたら便利じゃないか」という声はよく聞くが、これはあくまで都市部、特に首都圏近郊エリア側の論理だ。実際には地域ごとの事情や文化があり、「全てをSuicaで」というのはデメリットも抱えている。JR東日本としては、廉価版システムの提供により電子マネーのSuica経済圏が広がって大きなメリットを得られるが、地方自治体や同社以外の企業にとっては間接的に利益をJR東日本に吸われる形となり、あまり気分のいいものではないだろう。

 交通系ICカードは運営形態にもよるものの、初期投資負担が大きいのが実情で、経産省が「統一QRコード決済」を持ち出してくるのは「自由度」の面からは自然な流れともいえる。

 今回は「交通系ICカード」「QRコード決済」「世界の交通系システム事情」周辺の話題をテーマに、このあたりの現状や誤解をまとめていく。

「サイバネ規格」と独自規格の地域系交通IC

 「Suicaシステム」の導入が高コストになる理由は「システム自体が高機能で高価」ということに加え、サイバネティクス協議会がまとめる共通規格、いわゆる「サイバネ規格」への準拠という2つの側面に由来する。

 一般にSuicaの要求仕様は「1分間に最大60人が改札を通過」「反応時間は200ミリ秒以下」であることが知られているが、実際にこの水準を満たすのは「フル規格」とも呼べる自動改札を導入した場合だ。

 例えば、電子マネーを利用した商店などの物販では高速処理はそれほど求められないため、1秒以上の反応時間が許容されているケースがある。この場合はFeliCaの暗号化されたデータをそのままネットワーク経由でサーバにバイパスさせることが可能なので端末側の処理機構を簡素でき、反応時間がかかる反面コストが安く「クラウド方式」と呼ばれる。

 都市部の駅ではおなじみの自動改札だが、これらはICカードと磁気切符の両方に対応する一方で、Suica対応エリアでも地方駅や無人駅などでは簡易IC改札機と呼ばれるICカードの非接触読み取り機のみが露出した改札が導入されているケースが多い。

 フル規格の自動改札では全て改札機内部でローカル処理が行われ、センターへの問い合わせなどは逐次発生しない。問題があったときに閉じる“フラップ”や磁気切符を巻き込む“メカトロニクス”な部分、そして自動メンテナンス装置など、非常に高度な機構を備えており簡易版に比べて単価が高い。

 サイバネ規格への対応もフル規格の特徴で、駅情報を含んだICカードの共通仕様を定めるサイバネ規格への参画には多額の資金が必要となる。また近年全国10種類のICカードで相互利用がスタートしているが(総称して「10カード」などとも呼ばれる)、この枠組みへの参加にはシステム連携の他にライセンス費用が発生するため、「サイバネ準拠だが独自、あるいは片道利用のみで相互利用できない」といったケースが存在する。

 地方交通で「Suicaは利用できるが、地域独自のICカードを他のエリアでは利用できない」という現象はこれに起因する。「ならば独自規格を採用するのではなくて最初からSuicaを採用すれば利便性が向上していいじゃないか」という意見も聞くが、システム構築や運用をJR東日本に依頼する形となり、多額の費用が発生する。

 もともと首都圏の私鉄各社がPASMOを設立してICカードシステムを独自運用しているのは、Suica導入にまつわる参加各社の諸経費負担が大きいためで、体力のない地域交通ではなおさらという現状がある。

交通系ICカード 2013年にスタートした全国交通系ICカードの相互乗り入れ(出典:JR東日本のファクトシートより抜粋)

 そのため、最近では「サイバネ準拠だが地域独自」という交通系ICだけでなく、沖縄で利用されている「OKICA」のように「非サイバネで地域独自」のカードをはじめ、交通系ICではない“普通”の電子マネーをそのまま交通系サービスに利用するケースがある。

 電子マネーの応用については、2013年に東京の臨海地区を走る「お台場レインボーバス」に「iD」が採用された事例がある。このバスは大人料金で一律210円(2019年4月現在)のため、出発地と目的地の差分を取って料金を算定する必要がなく、“前乗り”の乗車時に一定料金を徴収するだけなので簡単だ。

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