参加者からの「大企業でプロダクト開発をする際に、社内調整でユーザー観点からずれていく印象があるが、どう突破すればいいか?」という質問に対して、及川氏は「精神論かもしれないが、必要とされているのは成し遂げる力」と答える。「『調整』という言葉が出てくる時点で何かが違う。他社とのアライアンスは調整と言わず、『こういうサービスを作りたい』という軸があった上で、説得や話し合いを行う。調整と言ってしまうマインドセットの問題」と説く。
では、外部パートナーと提携してサービスを作る際に、どんな心構えで臨めばいいのか? クロサカ氏は「課題や価値を共有することが不可欠」だと言う。そこを合意した上で、実現するための手法は、担当する役割によって異なる。その際にリードを取り、「こういう目的で実現したいのだから、あなたは譲ってください。その代わりあなたの居場所はここにあり、こういうことで貢献してもらう」と仕切れる人が必要になる。これは「日本人にとってはタフな交渉になる」とクロサカ氏は言う。
特にキャリアにとっては、5Gでは異業種とのパートナーシップが不可欠だが、取りあえず組めるところと組むのではなく、「目指しているものは何で、そのためにはユーザー体験がどうなるか、パートナー企業にしかできないことは何か」を考えることが重要だと及川氏は説く。「5Gでは、こういう世界を作りたいというビジョンが必要。それを持って、アライアンスを決めていかないといけない」(同氏)
5Gでは、MaaS(交通サービス)でも大きな変革をもたらすことが期待されている。自動運転など常時接続が求められるシーンでは、トラスト(セキュリティ)が大事であると、及川氏は訴える。「変なデータが来ないか、乗っ取られないかを考えたときに、エンドトゥーエンドのセキュリティが必要。普通なら証明書を埋め込みましょうと考えるけど、いつ埋め込むか? 工場出荷時に埋め込むのは大変。PKI(公開鍵暗号基盤)が少し成り立たなくなっている」(同氏)
クロサカ氏も「求められる最低限のトラストを積み上げていくことが必要」と同調しつつも、「MaaSでは人を動かすことが必要とされているが、人を動かさないMaaSがあってもいいのでは」と別の視点を述べる。「黙って座っていろ、向こうからものが飛んでくるぞ、という(世界観)。ドローンのことを考えれば、そういうことを構想する人もいるはず。われわれにとって、動くこと、その価値を再定義することが期待されているのでは」(同氏)
「5Gの事例を紹介してほしい」という要望に対して、クロサカ氏は「事例を考えることが間違っているとは思わないが、事例は事例でしかない」と冷静に述べる。及川氏も「始まっていないのに、そこに先行事例を求めても仕方ない」と同意見で、似た例として、「インターネットが普及したときに、GmailやGoogleマップなどが出てきて、インストール型のソフトがなくなるという世界は誰も予想していなかった」と話す。
「言っちゃ悪いが、5Gはただの土管。今の段階で先行事例を求めても仕方ない。キラーアプリを探すのはいいが、そこに過大な期待はしない方がいい」と及川氏は続ける。その理由として、慶応大学名誉博士でGoogleチーフ・インターネット・エバンジェリストのヴィントン・サーフ氏が「キラーアプリやユースケースは考えても意味がない」と述べていたことに触れる。「インターネットの使われ方を見ると、当初とは全然違う化け方をしている。5Gも、ゲームやARなど、今まで言われているような想定はあるかもしれないけど、この予想が大きく裏切らるかもしれない」(同氏)
一方でクロサカ氏は、「歯を食いしばってユーザーの変化を待つことも、(成功する)可能性はゼロではない」と補足する。「その昔、日本メーカーが(インターネットに接続する)IPv6冷蔵庫を作ったが、展示会に持っていって人に見せると、ゲラゲラ笑われた。でも、2019年のCESで、AmazonがLGの冷蔵庫にダッシュボタンの液晶を付けて中の様子を把握できるようにしたら、みんなカッコイイと言っていた」とその事例を紹介した。
最後に、5Gサービスが始まるまでに「やっておくべき準備」について問われると、クロサカ氏は「とにかく触ること」と一言。「サービスが始まったらすぐに触って、ちょっとでもいいから作ること」とした。
及川氏は「組織の中身や業界構造を変えた方がいい」と話す。ソフトウェアで有名な法則として『コンウェイの法則』がある。ソフトウェア設計は組織構造を反映するというもの。今の日本の産業構造のままで行くと、レイヤーごとの物作りで終わってしまう。組織の中、業界の中で“ガラガラポン”をやる必要がある」
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