北欧に位置するエストニアは、「電子国家」として世界の注目を集めている。しかし、実際の生活がテクノロジーでどのように変化しているのか、その実態は不明な部分も多い。エストニアに移住した筆者が見る、電子国家のリアルを紹介していく。
この記事は、オウンドメディア「tsumug edge」からの転載です。
万物があらゆるサービスとつながるコネクティッドな世界では、物理的なものや場所といった制限がなくなります。tsumug edgeは、そんなコネクティッドな未来を紹介するメディアです。
セントラルオクラホマ大学マーケティング専攻。リクルート勤務の後、コワーキングスペースsharebase.InCを創業。株式会社WCSのCFOを経て現在エストニアのトランスファーワイズ勤務。
史上よくあるように、理性が人を動かさない場合、出来事がそれを行うことになるのです。人間が引き起こす出来事がそれを行う。その出来事は私たちの子孫がこの惑星上で暮らしていくことを難しくすると思います。彼らは私たちを呪うことでしょう。そしてそれはもっともなことなのです。
──童話作家 ミヒャエル・エンデ
妻のレリカはITが苦手だ。毛嫌いしていると言ってもいい。出会った瞬間からポケモンGOは禁止された。パスワードは自分の誕生日(後日変えた)。エストニアでは電子投票できるけど、投票所へ行く。セルフレジは使わず有人レジで現金払い。撮った写真もフィルターをかけたり加工したりするのはNG。幼稚園の先生をやっているが、YouTubeやゲームには批判的だ。
そんな彼女も、最近変わりつつある。例のごとく、新型コロナウイルスによって無理やり適応を迫られている。そこから見えた、コロナをきっかけに生まれつつある教育のニューノーマルについて書きたいと思う。
彼女が働くのは、英語で運営される幼稚園だ。フィンランドやイラン、バングラデシュや日本の子供まで、さまざまな子が預けられている。もちろんエストニア人もいるが、少数だ。
僕も一度クラスに参加したことがある。教育機関の中で幼稚園が一番難しい、と聞いていたが、間違いないと思う。話を聞かないのは大学生も一緒だが、幼い子供は大人をよく試す。大声で騒いでみたり、こっちのことを無視したり、暴力をふるってみたり、どこまでいけるか試している。
そんな幼稚園も今回、コロナの影響で一時的に閉鎖せざるを得なくなった。しかし、翌年に進学する子供は幼稚園の評価表が必要になるといった差し迫った状況や、両親が働いていて子供の面倒を見切れないなどの理由によって、何かしらの対応が迫られ、Zoomクラスをやることになった。
「Skypeじゃダメなの!? なんでこんなに設定することがあるの!? 意味が分からない。絶対無理」
とレリカは愚痴をこぼした。無理もない、と思った。僕も仕事ですら接続できなかったり、リアルな会議室のようなディスカッションができなかったりするのに、園児をディスプレイの前に座らせることも難しそうな中で、まともに授業ができるのだろうか。
それでもやるしかない。真面目な彼女は「無理無理」と言いながら何度も練習をしていた。彼女はリビングでZoomを立ち上げ、僕はトイレにPCを持ち込んで妻のZoomとつなぎ、考えられるテクニカルエラーのリハーサルに付き合った。彼女のシェアしたスクリーンからはHello Songと呼ばれる中毒性のある音楽動画が流れた。僕も園児になったつもりで、トイレで踊った。
繰り返していくうちに何とか慣れてきたが、いくつか課題が見つかった。
まず、どうしても発生してしまうタイムラグをどうするかだ。一緒に歌う、というのは現実的ではない。絶対ずれる。あとはミュートボタンだ。親がつきっきりでなければ、PCの画面であれやれこれやれと指示するのは難しいので、基本的にこちらで操作するしかない。園児の数は最大で15人。レリカはといえば、そもそもミュートにするManage Participantsのボタンを覚えるのに精一杯だった。
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