KDDIは4月26日、国際放送を世界へ送信する八俣(やまた)送信所の80周年を記念し、送信所の設備を報道陣に公開した。茨城県古河市の約100万平方メートルの広大な敷地から、戦前から現在まで世界へ日本の国際放送の短波放送を送信し続ける施設について紹介していこう。
歴史的には、1941年(昭和16年)に政府が設立した国際電気通信が八俣送信所にて海外放送を開始。その後、戦後を経て国際電信電話(KDD)が業務を引き継ぎ、2000年(平成12年)のKDD、DDI、IDOの合併後はKDDI八俣送信所として送信業務を実施している。
そもそも、「国際放送? 短波放送って何?」という疑問を持つ人は多いだろう。簡単に言えば、日本の送信所から世界中へ直接放送している短波ラジオだ。
現在、日本からは日本語を含む18言語の「NHKワールド・ラジオ日本」を、KDDI八俣送信所から、6〜21MHz間で国際的に取り決めた周波数帯を利用して世界中に放送している。
この国際放送で使用している短波(3〜30MHz)は、地球の上空200〜500kmの電離層と陸地や海面を反射しながら伝搬する性質があり、世界の多くの地域へ八俣送信所からの電波を届けられるというわけだ。
短波放送の利点は、世界中で日本の八俣送信所から送られたラジオの電波を直接受信して聴取できることだ。海外での政情不安や災害などでインターネットや衛星放送などの中継局が遮断されても、国際放送の短波対応ラジオ機器があれば日本からの情報を直接入手できる。外務省も海外渡航時の携帯を案内しており、実際、1990年の湾岸戦争や近年各国のクーデーターでも、在外の日本人への情報提供に活用されている。
このような国際放送は100年近い歴史を持ち、世界の各国も同様の国際放送を実施している。日本向けの日本語番組を送信している国もあり、これらも短波対応ラジオで聴取可能だ。
八俣送信所の設備について見ていこう。現在、KDDI八俣送信所は28人が在籍し、365日24時間体制で運用している。
東京ディズニーリゾート全体や皇居外苑全体とほぼ同等という約100万平方メートルの広大な敷地に、ほぼ360度へ向けられたアンテナを設置している。群馬県や埼玉県にも近い茨城県の西側、内陸部に作られたのは、広い平野に加えて、雪や台風、塩害の影響の少ない地域を選択したからだという。
最大の特徴は、鉄塔と鉄塔の間に張られた「カーテンアンテナ」だ。短波を地球上の目的の地域へ遠距離に発射するため、指向性を高めやすいこのカーテンアンテナを採用している。見た目は分かりにくいが、構造としては前面カーテンに配置された最大8個の放射エレメントから送信され、背面の反射スクリーンで指向性を持たせている。
敷地内には、地球上の各地域に向けてカーテンアンテナを15式設置。高さ70mの低域用と高さ35mの広域用の2種類がある。さらに、中近距離向けのLPアンテナを3式、合計18式のアンテナを設置する。
送信機は予備機を含めて、300kWが5台、100kWが2台の構成。全世界に向けて送信する大電力を扱うため、送信機には大型の真空管などを採用している。
短波放送の特徴は、送信周波数を変更できることにもある。というのも、一般的な国内向けFM/AMラジオは送信する周波数が固定されているが、短波放送は周波数が春と秋の年2回変更される。これは季節や太陽の黒点活動によって特性が変化するためで、国際電気通信連合(ITU)にて、各国間の調整のうえで周波数が決定されており、送信時にはこの変更に対応しなければならない。
実際に周波数の変更を実施すると、大型のコンデンサーと円弧状の大型コイルにつながる素子が時計の針のように動作して周波数を変更する。冷却は水冷を利用している。全体として、アマチュア無線の送信機を制作したことのある人なら、大規模ながらもピンと来る内容だろう。
今のKDDIといえば、auの5Gをはじめ最先端の無線通信をイメージしがちだが、合併前のKDDの流れもあり、歴史ある国際放送や無線設備を運用しているのは意外なところだろう。最新かつ大型で大電力を扱うアナログ無線の施設には、アマチュア無線やラジオの製作を体験した人や理工学系の知識を持つ人はもちろん、単純にこの規模には魅力を感じる人も多いのではないだろうか。
通常なら海外への渡航が多い人や海外在住の人は、または逆に他国の放送を聴いてみたい人は、これを機会に一度聴取してみるのも面白いのではないだろうか。
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