なぜ2021年にMVNOの「通話料値下げ」が実現したのか 音声通話の歴史を振り返るMVNOの深イイ話(2/4 ページ)

» 2021年12月27日 07時35分 公開
[佐々木太志ITmedia]

卸役務とは? 接続との違い

 しかしこの「接続」という制度は、その成り立ちから、設備を有している通信事業者にのみ適用されるものです。MVNOのように、電話交換設備を有していない通信事業者は、MNOや他の電話事業者の電話交換設備と接続し、接続料を支払うことで電話をつなげることができません。代わりにMNOが他の通信事業者との間で既に有している接続により電話をつなげてもらい、その対価として料金(卸料金)をMNOに支払うことが行われています。これを電気通信事業法では「卸電気通信役務」あるいは省略して「卸役務」と呼んでいます。

 「接続」「卸役務」は、通信業界の中の人でも理解することが難しい考え方です。ここでは、読者の皆さまがその違いを理解しやすいよう、鉄道を例に説明します。鉄道は他社線と線路をつなげなくとも、そこまでの不自由はない業種ですが、線路をつなげて相互に乗り入れることで、より乗客の利便性を高めることが可能です。これが通信業界における「接続」に類似したイメージとなります。

 鉄道の乗り入れでは、利用者にとって出発駅から到着駅まで複数の鉄道会社をまたがる場合でも、乗り換えることなく移動できることがメリットとなりますが、通信の場合も同じです。電話をかける側と受ける側がそれぞれ異なる事業者と契約していたとしても、問題なく電話がつながることが接続の目的となります。

 なお、鉄道では一般に相互に乗り入れている場合でもそれぞれの区間の料金はそれぞれの鉄道会社が決定しますが(このような料金の決め方を「ぶつ切り料金

」と呼びます)、通信業界では、利用者と契約のある方の事業者が利用者料金を決定し、利用者と契約のない方の事業者へは、かかった費用など(接続料)を事業者間で精算する方式(「エンドツーエンド料金」)も一般的です。

 これに対し「卸役務」は、旅行会社がある鉄道会社から切符を仕入れて、それを自社サービスとして契約のある顧客に販売するイメージが近いでしょう。例えば「甲州ワイン一泊二日の旅」を旅行会社が企画し、鉄道会社から切符を卸価格で購入し、同じように仕入れたホテルやワイナリーツアーと組み合わせ、旅行代金を決めパック旅行として顧客に販売するようなケースです。

 この例において、鉄道会社が旅行会社に販売する切符は、通常の鉄道料金だと旅行会社に利益が出ないため、より割安の「卸価格」での提供となります。また、この例ではさまざまな仕入れ先からのさまざまなサービスをパックにして顧客に販売していますが、素の鉄道切符だけを顧客に販売することもできます(鉄道ではまれかもしれませんが、航空業界だと旅行会社が正規料金より割安の航空券を売っています)。

 通信業界でも、卸役務では、利用者料金よりも割安な卸料金で他事業者から通信サービスを仕入れ、利益が出るよう利用者料金を設定してその通信サービスを利用者に提供します。他のサービスなどと組み合わせる(バンドルする)かどうかは、利用者と契約する事業者がそのポリシーで決める問題となります。

卸役務の緩い規制

 さて、新規参入事業者や小規模事業者の保護を目的に、指定事業者に対し厳しい規制を課す「接続」については詳しく説明しましたが、「卸役務」には、これまでそのような厳しい規律は設けられていませんでした。1つには、卸役務は、MNOから見れば他事業者に提供する役務、すなわちサービスであって、サービス間の市場競争に任せることで卸料金は合理的な水準に到達すると楽観視されていたことが挙げられるでしょう。

 鉄道会社の例で言えば、鉄道会社が旅行会社への卸料金を不当に高く設定すれば、旅行会社は鉄道ツアーの企画を止め、バスツアーに切り替えてしまうかもしれません。それは鉄道会社にとっては損失ですから、鉄道会社はバス会社などと競争可能な卸料金で提供しようと努力するはずだ、というわけです。

 もう1つ、卸役務には、通信事業者の電話交換機などの設備を接続することを目的に作られた制度である接続と違い、さまざまな提供形態や付加的なビジネスが考えられるという点も挙げられます。卸役務を使い、かつさまざまな他のサービスとセットにして提供される通信サービスは、これまでの通信サービスにはない革新的な付加価値を生むかもしれません(それがまさに期待されてきました)。そのため、規制をあえて緩くすることで、そのようなイノベーションを阻害しないようにしよう、と考えられてきたのです。

 しかし、世の中はそううまくは行きませんでした。それが明らかになったのがMNOからMVNOへの音声通話機能の提供、すなわち「モバイル音声卸」の問題です。

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