科学をできるだけ易しい言葉で――「太陽系 for iPad」の挑戦:275ワードの宇宙(1/2 ページ)

» 2011年09月06日 08時00分 公開
[林信行,ITmedia]
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1つのストーリーを275語で伝える

―― 「太陽系 for iPad」は、まずアプリケーションを作って、紙の書籍は後から出版する、ということでした。ということは、いきなりアプリケーション用にストーリーを書き始めたんですね。アプリケーション作りは、どんな印象でしたか?

チャウン 非常に楽しかったです。何より新しかったし、エキサイティングで、やらないわけにはいかなかった。こんなチャンスを得たのだから、やらないわけにはいきません。続編を出すかという問い合わせをよく受けますが、きっとそれもやるかもしれません。

 これまでの本の執筆では、私は何をするか100%自分でコントロールできました。しかし、この本に関しては、まずチームを作るところから始まりました。世界中に散らばったチームが、このインタビューのようなSkypeのミーティングを毎週やって、本の詳細を決めるんです。

 まずは、私が太陽系に関する面白い逸話を100ほど書くことが決まりました。それからそれぞれの逸話は、iPadの画面上でスクロールをしなくても読めるように、275語以内に収めることが決まりました。

 私がこの本を書きあげるのに与えられた時間は2カ月ほどでした。なので、毎週17〜18本の逸話を書いては、Skypeミーティングに臨みます。参加者は、イメージを担当するプラネタリービジョンズの担当者と、プロジェクトマネージャーです。そこで、ほかにどんな逸話を書くべきかや、原稿をどう直したか、逸話にあうビジュアルイメージがあるか、ないか、といったことを話し合うわけです。非常にインタラクティブな仕事でした。まさにグループ作業でした。

 私はこれまであまりイラスト入りの本を書いたことがなかったのですが、この本の執筆でイラスト入りの本をどう作るべきか学んだ気がします。

―― それは具体的にどんなことですか?

チャウン ミーティングで1度、土星について非常に長く話し合ったことがありました。土星は非常に軽い惑星で、もし巨大なお風呂があれば、そこに浮くはずなのです。そのことを、読者にどうやって伝えたらいいかという議論になり、土星で氷を作って、それをジントニックに浮かせてみたらどうだろう、なんてことを話し合いながら笑っていました。非常に楽しくクリエイティブなプロセスでした。

 「太陽系 for iPad」で頂いている高評価が、「すべて私のおかげです」と言えない点は、ちょっと残念ですけどね(笑)

科学をより易しく

―― 「太陽系 for iPad」の読者層が広がったのは、ストーリーが読みやすく、科学に詳しくない人でも読めたことが理由だと思いますが、チャウンさんの本は、みんなこのように易しいのですか?

チャウン その通りです。ほかの本も科学の知識がない人たちをターゲットにしています。例えば「Quantum Theory Cannot Hurt you」(量子論に触れてもケガはしないよ)という本を書きました。量子論や相対性理論に関する本です。

 この本には図表がないから買わないという人がいる一方で、なんだか難しそうな図表が一切なく、おまけにたった160ページと薄いから「なんとなく易しそう」だと手に取ってくれる人も大勢います。実際、Twitterでも大勢の読者が、さらっと読むことができて量子論に興味がわいてきたという感想を寄せてくれています。

 私はいつも本を書くとき、あまり科学の知識がない看護婦の妻をターゲットにしています。

―― そうした人たちに易しく解説するために、非常に苦労しているという話を先ほど聞きましたが、今回のアプリケーションでほかに苦労した点は、どんなところですか?

チャウン やはり、1つ1つのストーリーを275語以内に収めなければならないことでした。ただ、これについても後々、考えが変わってきました。「太陽系 for iPad」を仕上げた後、私は11月に出版予定の「Tweeting the Universe」という新しいプロジェクトにとりかかりました。これは生命から宇宙まで、あらゆるトピックについてTweetで紹介しようという試みです。

 例えば、ブラックホールというテーマについて5つか6つのツイートで紹介しています。たった140文字のツイートと275語の「太陽系 for iPad」では、圧倒的に「太陽系」の方が楽でしたね。

 でも、これで味を占めたフェイバーは、今度は「宇宙を俳句で紹介」という本をやって欲しいとリクエストを出してきています(笑)。

 いずれにせよ275語で書くのは大変でしたが、今は“より短く”が求められていて、チャレンジしてみれば案外なんとかなることを発見している次第です(笑)。

―― まるでビッグバンで広がった宇宙が縮んでいくみたいですね。

チャウン やっていて面白かったですね。私は元々はジャーナリストで、常に文字数の制限と戦ってきました。新聞や雑誌に記事を書くとなると、本当は3000語で書きたいのに、300字の枠に収めなければならない、といったことがしばしばありますから。

 今回の仕事はそうしたジャーナリストとしての私の仕事と、(文字数制限をあまり気にしなくて大丈夫な)本書きとしての私の仕事のクロスオーバーがあるようで楽しかったです。

 「太陽系」は、本のようでありながら120近いストーリーの集合体でもあり、ジャーナリストとしての私と、本書きとしての私の仕事のハイブリッドのような存在でもあると言えます。

―― そもそも、チャウンさんは何でジャーナリストになったのでしょう?

チャウン 私は電波天文学者としてカリフォルニア工科大学に在籍していて、運良くリチャード・ファインマン(ノーベル物理学者)らの教えを請う幸運に恵まれました。そうした幸運に恵まれ学んだ楽しいことを、不運にも教育を受けるチャンスを逃した人や、私の妻のような科学のバックグラウンドを持たない人も含めて、一人でも多くの人と共有したいという願いで今の仕事をしています。

 糸川洋さんが翻訳してくれたもう1冊の本、「僕らは星のかけら(原題:The Magic Furnace)」は、物質を構成する原子がそもそもどこからやってきたのかを紹介した本です。腕を通る血流、そして肺を埋める酸素、骨を構成するカルシウム――こうしたものはすべて太陽が生まれるずっと前から存在する、星のかけらからできているものです。

 この本を書いた後、ロンドンに住む40才の主婦から手紙をもらったのですが、彼女は14才で学校を中退し、何の資格も持っていなかったそうです。それが、この本を読んで感動して涙を流し、教養を身につけようと決心。そこから猛勉強をして大学入学の資格を取り、大学で学士号を取得したというのです。まったく驚くことではないでしょうか。

 私はただ本を書いただけですが、その本によって一人の女性が目を覚まし、教育を受ける決心をしたのです。マイケル・ケインの映画で「Educating Rita(邦題:リタと大学教授)」という作品がありますが、これも本を読んで一人の女性が目を開くというものですが、それに似ていますよね。

 私の妻は看護婦で、人々が病院で快適に過ごせるように看護をする仕事なので、仕事をすると、それによって人々が幸せになっていることが目の前ですぐに分かります。

 でも、物書きというのは、いつも、私はこれで人々の暮らしに役立てているのだろうかと疑問を持ち続けているものです。パムの例でいえば、私は彼女の人生に非常に大きな変化をもたらしたことになるわけです。

 最近、それが変わってきたなと思うのがTwitterです。Twitterの登場で、読者からすぐに本に対しての反応が返ってくるようになりました。「私は量子論についてまったく知りませんでしたが、あなたの本を読んで一気に興味がわきました」といった感想が返ってくることは、私自身にとっても非常に勇気づけられることです。

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