さて、私が冒頭で「アップルが他社の引き離しにかかった」と書いた理由は、もう1つある。実はこれこそが最も深淵で、これからじわじわと影響を及ぼしそうな気がしてならない。
それは何かと言うと、iOSとOS Xに両対応したアップル純正アプリが一気に6本も無料提供され始めたことだ(実際には有料販売しているが、新規にiPhoneやiPad、Macを購入した人は、本体セットアップ時に無料ダウンロードできるようになっている)。
6本のアプリとは、写真管理アプリのiPhotoと、ムービー編集ソフトのiMovie、音楽作成アプリのGarageBandの3つ、いわゆる「iLife」と、ワープロアプリのPagesと表計算アプリのNumbers、そしてプレゼンテーションアプリの定番Keynoteの3つからなる「iWork」のことだ。
実際、本稿はPagesを使って、まずはMacで書き始めたが、執筆中には移動も多く、その間は、iPhoneを使って記事を読み直したり、iPadを使って細かな直しを入れたりしていた。一度どれかのアプリで書類を作り、iCloudに保存をすれば、すぐさまほかのデバイスでも作業の続きができてしまうiCloudは、いったん使い始めると病みつきになる。
このiCloud連携そのものは、何も今始まった機能ではないが、これまではMac用もiOS用もアプリが有料だったため、買いそろえて使う人は少なかった。それが一気にすべて無料化されたことで、より多くの人が、その恩恵を受けられるようになった。この作業環境に一度慣れてしまうと、iPhone、iPad、Macと3つともそろえたくなるユーザーが続出しそうだ。
家やオフィスに座っているときは、Macのキーボードと大画面で、心のおもむくままに自在に作業をして、外出する時にはiPadで細かな書き足しを行なったり、校正を行なう。その一方、満員電車でどうしても原稿をチェックしなければならないときには、片手にすっぽり収まるiPhoneでチェックする――自分の置かれた状態によって車のギアをシフトするように、使うギア(道具)をシフトする、というワークスタイル/ライフスタイルが、ものすごく快適だ。
なかにはPagesやNumbersなんていう、聞いたことのないビジネスアプリで書類なんて作ったりしない、という人もいるかもしれないが。ここの部分もじわじわ変わってくるかもしれない。
Microsoft Officeは確かに多機能だが、ほとんどの人は機能の1割も使っていない。これに対してiWorkは機能そのものは少ないが、ユーザーが何もしなくても圧倒的にきれいで高い表現力を持つ書類が作成できる。つまり、1度、使わせてしまえば、ユーザーが増える公算がある。
もっとも、興味のないユーザーにいかにして使ってもらうか、という課題はあるが、この部分が氷解するのも間もなくだろう。改めて言うまでもないが、今、日本で1番売れているスマートフォンはiPhoneだ。NTTドコモで一番売れているスマホもiPhoneなら、KDDIも、ソフトバンクもそう。おまけにiPhoneは年に1回しかモデルチェンジがなく、モデルチェンジの直前まで売れ続けることを考えると、今後、他社との差はさらに広まる一方だろう。
その圧倒的な数のiPhoneユーザーが、メールで仕事のOffice書類を受信する。ずっとiPhoneを使っていると、いずれはiPhoneでOffice書類を開いて、中身を読んだり校正したりしたい、というシチュエーションがいずれ訪れるだろう。そんな時、それまで無料ダウンロードしっぱなしで、使っていなかったPagesでWordの書類が、NumbersでExcelの書類が、そしてKeynoteでPowerPointの書類が開いて確認できることを発見する。
iWorkを使って書類を開いてみると、その書類が自動的にiCloudに保存される。その時点ではそのことに気がつかなくても、何かのきっかけでiPadのPagesを開いても、iPhoneのメールアプリから開いた添付書類がちゃんと見えて校正ができることを知り、その便利さに興奮し、まだMacを持っていない人はMacを買ってしまうかもしれない。
あるいはiPadをいらないと思っていた人がMacとiPhoneのiCloud連携を繰り返すうちに、iPhoneとよっこらせと開くノートPCのあいだに、もう1段の変速ギアとしてiPadが欲しいと、やっぱりiPadを買ってしまうケースも、これから増えてくることだろう。
新しいiPadとiCloud連携、そして6つの無料純正アプリは、すでにiPhoneを使っている人、あるいはこれからiPhoneを使うであろう人々を、スマートフォン/タブレット/PCの3ジャンルすべてにおいてアップル製品でそろえる方向へと、なだらかに気持ちをシフトさせる“恐ろしい秘密兵器”になりそうな予感がある。
その名の通り、iPad Airは世の中の空気を変えてしまう製品になるかもしれない。
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