Apple新製品発表をさらに楽しむ方法 「緑のまとめスライド」の見方と真の目的(1/3 ページ)

» 2022年05月19日 12時00分 公開
[林信行ITmedia]

 Appleによる新製品発表会では、製品ごとのプレゼンテーションの最後に「まとめスライド」が登場する。搭載したCPUは何だったのか、端子はLightningなのかUSB Type-Cなのか、そのスライド1枚を見れば一目瞭然のスライドで、ITmediaを含む発表会レポートの記事でもよく紹介されている。

Apple まとめスライド Mac Studioの製品発表時に紹介された「まとめスライド」。製品のポイントを一覧できる
Apple 緑のまとめスライド こちらはMac Studioの「緑のまとめスライド」。製品の品質で妥協するわけにはいかないので、アルミのリサイクル率は80%止まりだが、そもそもの製品が同じパフォーマンスのハイエンドPCに対して圧倒的に電力消費が少ないといった特徴がある

 しかし、実際の製品発表会の映像では、記事で紹介される「まとめスライド」の他に、もう1つ文字や絵が緑がかった「緑のまとめスライド」が紹介されている。このスライドの意味や裏側のストーリーを理解すると、Apple製品発表会を見る目が少し変わり、前回の発表会からAppleの技術がどれくらい進んだのか、継続的にチェックする楽しみが増える。

Apple 緑のまとめスライド 左は2020年発表の第4世代iPad Air、右は2022年発表の第5世代モデルにおける緑のまとめスライド。大きな進展がないように見えて、パッケージのリサイクル率や再生エネルギーを使うサプライヤー数が明記されたり、ゴミ排出量がゼロになったりと、しっかりと進化の足取りを見せている。

「緑のまとめスライド」の楽しみ方

 Appleの新製品発表会に出てくる緑のまとめスライドの正体は、その製品における「環境への取り組み」だ。

 大概、スライドの真ん中にその製品でAppleが一番頑張ったことが書かれている。

 例えばMac StudioとStudio Displayでは“100% recycled rare earth elements in all magnets”、つまり「磁石で使われている希土類を100%再利用」しているということになる。

 実はAppleは、人知れず世の中の考え方を根本から変えるような前人未到のチャレンジを続けている。地球の資源を新たに消費することなく、新製品を作り続けるというチャレンジだ。

 既に消費電力に関しては、4年も前から100%太陽光発電の電力だけで自社機能を動かしており、2030年までには、500社近くある下請けなどのサプライヤー企業も含め、100%再生可能エネルギーで稼働させる目標だ。現時点では231社が再生可能エネルギーを利用しており、日本のサプライヤーも2021年の3倍にあたる29社がこの移行を果たしている。

 製品を作るのに使う原材料も、リサイクルで回収した旧製品の部材をリサイクルする形で新たに鉱山を採掘しなくても済まないように挑戦を続けている。

 我々の多くは、そのようなことを知らずに製品を使っているが、ちょっと前までは、人気のスマートフォンが1台誕生すると、その裏で世界の鉱山が採掘され、大きなクレーターができあがっていた。現在のAppleは、製品の回収プログラムに力を入れており、回収した古いiPhoneを、Appleが開発した3種類のロボットが、かなり細かく色々な材料に分解し、それを新製品作りに再利用している。

 そのうちの1つとなる「デイジー」(Daisy)と呼ばれるロボットでは、何と1トン分のiPhoneから鉱山を2000トン採掘して得るのと同じくらいの材料を回収している

 上で挙げた希土類も、まさにそういった鉱山から採掘される資源だ。金や銀よりかは多く取れるが「稀土類」と書かれることもあり、比較的「稀(まれ)」にしか出てこないため、得るためには鉱山をたくさん掘る必要がある。

Apple 緑のまとめスライド AppleのiPhone分解ロボット「デイジー」。年間最大120万台のiPhoneを分解可能だ。Appleは研究機関や他の電子機器メーカーが独自の分解プロセスを開発できるよう、デイジー関連の特許のライセンス供与を行っている

 Appleがそんな希土類を初めてリサイクルしたのが、2019年のiPhone 11だった。

 それまで世界の製造業には、リサイクルした希土類から質の良いマグネットが作れた前例はなかった。iPhoneと言えば、シリーズ全体で年間2億台以上が売れる人気製品だ。

 それだけの大量生産品で、希土類をリサイクルでまかなうという考えは無謀と思われていた。だが、Appleは分解ロボットの分解精度を高めるなどして、回収部材の質を高め、iPhone 11のTapticエンジンというチップをリサイクルした希土類でまかなうことに成功した。

 これはAppleにとっても大きな自信につながり、その後もチャレンジが続いている。今ではAppleの全ての製品で使われているマグネットは100%リサイクルした希土類でまかなわれている。製品全体での希土類の利用は、Mac StudioとStudio Displayに関しては100%リサイクルだが、最新のiPhone SEでは91%といった具合に製品ごとに比率が異なる。

iPhone歴代モデル iPhone歴代モデルで行われた頑丈さのための工夫(白い丸)と、ストアで修理可能なパーツ(黒い丸)

 他の材料に関しても同様で、Appleは、ある1つの材料のリサイクルに成功したからといって、全ての製品をその同じリサイクル材料で作るようなアプローチはしない。定評のある優美かつ頑丈な同社の製品デザインを大事にする姿勢は、これまで通りで、それを崩さない範囲で、少しずつリサイクル材料の比率を上げている。

 例えば希土類では100%のリサイクル率のMac Studioでも、再生アルミの利用に関しては現段階では全体の80%だ。それは、底面のパーツは異なるグレードのアルミを使う必要があったからだ(iPadやiPad Airシリーズは100%リサイクルアルミを使用している)。

 Apple新製品発表会で披露される緑のまとめスライド、実はよく見てみると書いてあることの8〜9割は前年のスライドと一緒だ。「Energy Star獲得」(極めてエネルギー効率が良く電力を無駄にしない製品を承認する制度)、毒性ある材料を使っていないことを示す「ヒ素を使わずに作られたガラスを採用していること」や「臭素系難燃剤(BFR)不使用、ポリ塩化ビニル(PVC)不使用、ベリリウム不使用、水銀不使用」の表示、そして「2030年までに完全カーボンニュートラルとなる製造ライン」と言った内容である。

 1度の新製品発表会で紹介される新たな環境への取り組みは、少ししかない。しかし、だからこそ緑のスライドから読み取れる一歩一歩の進展が貴重だと分かる。

 もっとも、1回1回の進歩は小さくても2012年から努力を積み重ねてきたことは大きく、既に他の製造業は追い付きたくても簡単には追いつけない領域に達している。

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