ここで改めてAppleの環境への取り組みがどのように進展してきたかを振り返りたい。
Appleの化石燃料への依存を減らす取り組みは、2012年前後から始まっている。この年の5月にオレゴン州にオープンしたデータセンターは、最初から100%再生可能エネルギーで運用されていた。
その後、Appleはこういった太陽光発電の取り組みを進め、2018年までには本社機能や世界中にある支社や直営店、データセンターで消費している電力の総和を上回る電力を発電する完全カーボン・オフセット化を完了した。現在は、2030年までに下請け企業などのサプライヤーを含め、Appleの製造に関与している全企業の電力を再生可能エネルギーでまかなう予定だ。これは、さまざまな科学団体の提言よりも20年先を行く取り組みだ。
最近、日本でも「RE100」の旗印の下、自社機能の再生エネルギーでの運用を目指す企業は増えてきたが、まだほとんどAppleまでの領域には至っていない。 そのような中で、Appleは再生可能エネルギーの利用は、持続可能な地球環境に向けた取り組みの第一歩に過ぎないと、他にも多くの環境への取り組みを同時進行で進めている。
そもそも、なぜこうした取り組みが必要なのだろうか。Appleはその目的を「気候変動への対応」、「地下資源への過度の依存を止める」、「化学物質による環境汚染を止める」という3つに分類している。
最初の「気候変動への対応」としては炭素排出量の少ないデザイン、エネルギー効率の良い製品の設計、再生可能電力の利用、排出低減、温室効果ガス削減といった取り組みを指している。ただの製造だけの取り組みではなく、製品デザインの工夫が特徴的で、例えば最新のMac Studioは同じパフォーマンスのハイエンドPCと比べて消費電力が少なくて済む。
3つ目の「化学物質による環境汚染を止める」では、全体像の把握などの取り組みから始まり、使用している化学物質の分析と管理を進めたり、最終的には化学的イノベーションを起こしたりすることで解決しようとしている。
今回、本稿で焦点を当てている製品の材料に関しての取り組みは、2番目の「地下資源への過度の依存を止める」に含まれる。ちなみに本稿では詳しく触れないが、この2番目の取り組みでも、Appleはただ原材料の地下資源依存を減らすだけでなく、工場用水の再生や廃棄物をゼロにするための取り組みも同時に進めている。
この21世紀、環境負荷を減らす取り組みをしていない企業があったとしたら、それは完全に時代錯誤だ。環境への取り組みをしていることは、優良企業として最低条件と言ってもいいものだ。しかし、ここまで包括的な取り組みを戦略的に進めている企業はあったとしても数は少ないだろう。
それを数億人のユーザーを持ち、大量生産を続けている製造業のAppleが実践しているという事実には驚きしか感じない人も多いはずだ。筆者は、これを時価総額世界1位の企業だからこそ、やらなければならなかったノブレスオブリージュ(身分の高い者が感じる、それに応じて果たさねばならぬ社会的責任や義務感)だと捉えており、他の企業が同様の取り組みを進めるための手本になろうとしているのだと感じている(だからこそ、このように積極的に取り組みを公開しているのだと思っている)。
なぜなら、Appleがどんなに頑張って気候変動への取り組みを行っても、他の多くの企業がそれをしなければ努力が全て水の泡になってしまうからだ。
今回、Appleで環境およびサプライチェーン・イノベーション担当シニアディレクターを務めるサラ・チャンドラー(Sarah Chandler)氏に、Appleが地下資源への依存を減らす取り組みをどのように進めてきたか話を聞く機会を得た。
チャンドラー氏は、Appleが目指しているのは従来型サプライチェーンの革新だという。
「従来のサプライチェーンは直線的だった。新しい原材料が地球から採取され続け、古い製品から出た材料は必ずしも回収されるとは限らないモデルだった。私たちは、リサイクル素材や再生可能な材料のみを用いて、その素材が循環し続ける循環型サプライチェーンモデルにのっとってデバイスを製造する未来を思い描いています」という。
Appleは、特に「リサイクル素材と再生可能材料の調達」、「素材の効率的な使用」、「製品の長寿命化」、そして「製品の寿命が尽きたときの回収」という4つのポイントを重視しているという。
目標とするイメージは固まった。しかし、では、この壮大なビジョンの実現に向けて、まずはどこから取り組めばいいのだろうか。
「私たちがまず行ったのは、製品を構成する部品に使用する45種類の元素と原材料のそれぞれについて、環境、社会、世界的な供給への影響をデータに基づいて分析することでした」とチャンドラー氏は言う。「そこで得られた材料影響プロファイルは、私たちの取り組みの第一段階として、優先的な材料のショートリストを特定するのに役立ったのです。現在、14の材料が含まれています」と語る。
この14の素材は、Appleが出荷している製品の総重量の90%を占めているという。
続いてAppleが取り組んだのは製品の耐久性の向上だ。「長持ちするデバイスは地球にも優しく、お客さまにとっても賢い選択です。ですから、私たちは、日常的な使用による衝撃に耐え、メンテナンスや修理の必要性を低減するデバイスを作ることを目標としています。そして、そうなるべく全ての設計を最適化しています。私たちのデバイスができるだけ長く使えるようにすることで、新しいデバイスを購入する必要性を減らすことができます」と述べる。
最後の一言は、製品の売上で利益を得る製造業の会社にはなかなか言えない内容だが、これを言えるのが世界トップ企業の余裕だろう。
もっとも、買い替えの必要性が少ない製品でも、いずれは寿命を迎えることになる。そこでAppleが用意しているのが、使わなくなった製品を回収するプログラムと、その製品の材料を再利用するための革新的なソリューション、分解ロボットだ。
製品のリサイクルまでは他にも行っている企業があるが、多くは製品をシュレッダーにかけて粉砕してしまう。これだと材料同士が混ざり合って質の高い原材料を取り出すことができず、循環の輪を閉じられず、いつまでも採掘に頼る状態を作ってしまう。
これに対してAppleが開発した分解ロボットのデイジーは、23種類のiPhoneを識別して、その材料をより細かく分類回収してくれる。年間120万台のiPhoneを分解できるデイジーはアメリカに2台、オランダに1台の合計3台あるという。
こうして分類された材料のうちTapticエンジンをさらに分解して、希土類磁石やタングステン、鉄などの材料を回収する「デイブ」(Dave)というロボットや、革新的なシュレッダーでオーディオモジュールから磁石を含むさらに多くの希土類を取り出す「タズ」(Taz)というロボットも開発した。これらのロボットによる質の高い分類回収が、先にも紹介した1トンのiPhoneから鉱山を2000トン採掘したのに匹敵する材料を取り出すことを可能にしている。
もちろん、これを実現するためには、その元となるiPhoneを回収してくることも重要で、Appleでは新製品購入時の下取りプログラムなどを積極的に展開している(最後にもう1度紹介するが、日本では5月31日まで下取り価格を増額中だ)。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.