では4つのデモプログラムの相違点は何なのか。それはどのような表現をレイトレーシング法に任せるかという方針の違いに現れている。
……とはいえ、4つのデモが選択した「レイトレーシング法に任せた表現」を重複を除いて挙げると、だいたい「影」「鏡像」「環境遮蔽(Ambient Occlusion)」「間接光」の4つに絞られる。結局、相違点とは、任せた要素の組み合わせの違いという理解でよい。裏を返せば、この4つの表現項目こそが、当面のハイブリッドレンダリング法において、レイトレーシング法で賄うべき重要項目になり得るということでもある。
各項目について、いずれ回を改めて深く解説していくこともあるとは思うが、まずはそれぞれについて、どのようなものなのか簡単に解説していこう。
今回の話に出てくる「影」は、光の当たり具合でできる陰影のことではなく、第三者に光を遮られてできる影のことを指す。レイトレーシング法を使うと、光源に大きさのある「線光源(棒状の蛍光灯のような一次元形状の発光体)」や「面光源(光る看板のような二次元形状の発光体)」が作り出す輪郭の淡い影も正確に表現できる。
PC版の「コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア」で、ラスタライズ法を使った影とレイトレーシング法を使った影を見比べると以下のようになる。
「鏡像」は映り込み表現を指す。従来のラスタライズ法ベースのゲームグラフィックスでは、環境マップやレンダリング結果を鏡像として転用する「SSR(Screen Space Reflection)」という手法が主流だが、これだと映り込む情景を正確に再現できないという欠点がある。しかし、レイトレーシング法を適用することで映り込む情景も正確に再現できるようになる。
PlayStation 5版の「ラチェット&クランク パラレル・トラブル」では、レイトレーシング法を使った正確な映り込みをチェックできる。
「環境遮蔽」は、全方位からの間接光から作り出される淡い影のことだ。
PC版の「BATTLEFIELD 2042」では、ラスタライズ法を使った環境遮蔽とレイトレーシング法を使った環境遮蔽の違いをハッキリと確認できる。
このゲームでは、RT処理をオフにすると画面座標系ベースの環境遮蔽(SSAO:Screen Space Ambient Occlusion)が行われる。描画結果をレリーフ画のような凹凸構造に見立て、その凹部分に影色を付けていくだけの疑似手法であるため、影色の付き方が曖昧で不正確になる。このキャプチャの範囲であれば、黄色いクレーン機械の後部の下方が明るいのは“不自然”である
ほぼ同じシーンをRT処理をオンにして表示。レイトレーシング法による環境遮蔽も、ある意味で疑似的な簡易影生成に相当するが、それでも当該シーンに存在する3Dオブジェクト同士の遮蔽関係を正確に反映できるので、陰影の出方はかなり正確になる。前のキャプチャでは不自然に明るかった黄色いクレーン機械の後部下部も、ちゃんと暗くなっている「間接光」は、直接光で照らされたオブジェクトの反射光/拡散光が第三者を照らす証明効果を指す。
これは、PC版の「Metro Exodus」を例にチェックしてみよう。
RT処理をオフにしている映像(左)は、明るい所だけを直接光でライティングし、暗がりは簡易的な(一様に薄明るくしているだけの)間接光表現となっている。一方、RT処理を有効化している映像(右)は、直接光の照射された壁の近辺や、その反射方向が明るくなっていたり、そうした間接光が行き届いていない領域はかなり暗いままになっているのが見て取れる。太陽が動けば、このシーンの見え方も変化するのはいうまでもないデモプログラムの話に戻すと、Epic GamesとEA SEEDのデモは、上記の4要素を“全部入り”で実装している。Remedy Gamesのデモは、間接光以外の3要素をレイトレーシング法で描画した格好だ。
一方で、ULのデモは鏡像のレンダリングのみレイトレーシング法で、それ以外の3要素はラスタライズ法で描画している。ハイブリッドレンダリングというよりも、鏡像の描画のためだけに「ワンポイントリリーフ」としてRTを使っている。
2022年までにリリースされたRT対応ゲームタイトルのグラフィックスを振り返ってみると、ほぼ全てが4要素のいずれか(あるいは全て)をレイトレーシング法で表現している。4つのデモプログラムは、まさしく「未来予想図」としての役目を果たしたといえるだろう。
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