先に紹介した取り組みを効果的かつ効率的に行うためには、ICTの利活用は必要不可欠である。
先述の通り、東京都立の高等学校課程では2022年4月から1人1台の学習用端末の導入が始まった。それに先駆けて、向丘高校は2018年度に「BYOD研究指定校」として生徒が持っているスマートフォンなどを活用した教育活動の研究を行っており、2021年7月からは都全体の取り組みに先行して生徒への1人1台端末の貸与を開始している。
このような経緯もあり、向丘高校ではICTを用いた活動の全てを学習用端末に置き換えるのではなく、スマホを活用する場面も残しつつ、学習用端末を共存させる教育活動を行っていくことになった。また、東京都教育委員会が導入した「Microsoft Teams」についても、全ての教職員が全てのチームに所属することで、新しい活用方法や取り組みなどを全員でシェアできるようにしているという。
ICTの利活用が必要不可欠とはいえ、「いきなりICTを使いましょう」と言われても簡単に普及していくはずはないと石平教諭は語る。何かが進化/発展するには、パイオニア(先駆者)がいて、その人を中心に少しずつ周囲のマインドが変化し、仲間が増え、全体へ普及していくものだと考えているという。
「ICTを使うことは、目的ではなく手段である」という前提は当然だが、活用に向けての“はじめの一歩”は、とりあえずやってみるといった行動だと石平教諭は指摘する。「使ってみる」と割り切った目的で授業をやってみて、そこで得られた経験から手段としての使い方がやっと見えてくるのではないかという。
石平教諭も「とりあえず形として生徒がICTを使うこと」を目標として自身の授業を行ったという。その例が、「2Dの世界で考えている数学を3Dの世界で考えるとどうなるか?」ということをシミュレーションする授業だ。
実際にやってみると、操作に戸惑う生徒、グラフに興味を示している生徒、コンピューターに書かれた数式に苦手意識を持つ生徒……などなど、生徒はさまざまな表情や反応を見せたという。それを観察することで、今後の活用についての課題を見つけることができたのだという。
ICTの活用については「教科の専門性によって『使える』『使えない』」といった議論もある。しかし、石平教諭は専門性にとらわれない活用事例を1つ紹介した。目標設定や振り返りなど、生徒の思考や表現などを言語化させ、非認知能力を分析する取り組みだ。
生徒には配信した「アンケート」に入力をしてもらい、得られた情報をその場でテキストマイニングし、生徒全員に共有する――この取り組みを通して、専門性のとらわれない部分でICTを活用できることに気が付いてほしいという意図で行ったようである。
ICTを使うことを目的とした授業の経験から、石平教諭は授業デザインを設計する上である“気づき”を得ることができたという。
紙でやっていたものを単純にデジタルベースに置き換えるだけでは、ICTを使う必要性はそれほどない。しかし、テキストマイニングして分析するといったデジタルならではの「プラスα」の付加価値を見いだすことで、ICTを使う必要性が生まれるのではないかと石平教諭は語る。
石平教諭は、プラスαを見いだす上で大事なのは教職員のマインド(心境)の変化ともいう。学習のツールとして文房具のようにICT端末がある現在、生徒の学び方は変化している。それに合わせて教職員もマインドを変えて、新しいチャレンジをしていくべきという考えだ。
教員のスキルアップ、生徒の学び方の変化など、ICT導入の成果として表面的な部分が挙げられることは多い。しかし、内面的な部分において成果を挙げるには、教育委員会ベースでの取り組みには限界があるという。校内で「分掌」として専門的に動いていく必要性と、リーダーシップ教育への理解を深めることが今後の課題になるという。
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