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データで分かった生徒と教職員にとっての“最適な学び”とは? 東京都教育委員会の取り組み「Microsoft Education ICT教育フォーラム」レポート(第2回)(4/4 ページ)

» 2022年07月08日 13時00分 公開
[石井英男ITmedia]
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教育ダッシュボードの開発に向けた「非認知能力」に関する研究成果

 最後に、慶應義塾大学SFC研究所竹尾俊邦研究員が「非認知能力に関する共同研究」に関する講演を行った。

 TOKYOスマート・スクール・プロジェクトでは、生徒1人1人に個別最適化された学びを提供することをテーマの1つに据えている。その中で、非常に重要なのが生徒に関わるデータを一元化して収集することと、一元化したデータを学校現場で使える形にして日頃の指導に活用することにある。これらを実現することで、全ての生徒や教職員に最適化されたICT教育が可能となり、教職員が生徒1人1人に、より個別に向き合うことの支えとなる。

 その基盤を構築すべく開発を進めているのが「教育ダッシュボード」である。その目的は、誰1人も取り残すことなく、個々の子どもの力を最大限引き出す学びを実現することにある。短期的には「生徒の長所を伸ばす教育の強化」「基礎学力の定着の徹底と学力の伸長」「教員の長時間労働の解消と指導時間の確保」の3つを目的に据えて開発を進めているという。

長期的目標 学校教育において話題になっている「スマートスクール構想」のイメージ。児童/生徒にまつわるデータを利活用して、児童/生徒に個別最適化された学習を実現すると同時に、教職員がそれを手助けしやすくなる環境整備を行うことを目標に据えている。TOKYOスマート・スクール・プロジェクトもこの考え方に基づくものである
目指すもの スマートスクール構想の核となる「教育ダッシュボード」が目指しているものを図示したもの。短期的な目的として「生徒の長所を伸ばす教育の強化」「基礎学力の定着の徹底と学力の伸長」「教員の長時間労働の解消と指導時間の確保」の3つが掲げられている

大きな課題は3つ

 教育ダッシュボードの開発に当たって、SFC研究所は東京都教育委員会と共同研究を実施している。手始めに、SFC研究所は東京都教育庁、研究協力校となる都立高校(以下「A高校」)の教員、A高校の生徒と計3回の「熟議ワークショップ」を実施し、学校現場における課題の抽出と、その解決策のアイディア出しを実施した。

 すると、「情報共有やコミュニケーション上の問題」「日々の業務に対する教員の不安感」「新型コロナウイルスの感染拡大に伴うデバイスやインフラ整備の問題」といった課題が浮き彫りとなったという。

共同研究 東京都教育委員会とSFC研究所との共同研究の概要
熟議ワークショップ 共同研究を始めるに当たり、SFC研究所は東京都教育庁の担当者、A高校の教員、A高校の生徒との熟議ワークショップを開催。その結果、大きく3つの課題が浮き彫りとなった

 教育ダッシュボードの開発によって、こうした全ての問題がすぐに解決されるわけではないが、その解決の一助となるとともに、時間はかかったとしてもこうした課題の解決に繋がるようなものの実現を目指していくことが再認識できた。

 こうした課題を下敷きとして、SFC研究所は2021年度の研究協力校(都立高校7校、都立中学校1校)を対象に非認知能力アンケートと学校現場へのヒアリング実施した。その上で、アンケート結果と校務データ(評価評定データ、出欠情報、外部模試の結果)との関連性についても調査した。

 そもそも「非認知能力」とはテストなどで数値化することが難しい、人の気質や性格的特徴のような内面的なスキルのことで、「生きる力」とも表現される。具体的には「論理的思考」「探究心」「主体性」「粘り強さ」といったものが非認知能力となる。

 これらの非認知能力は、生徒が1人で机に向かって獲得できるような類いのものではない。しかし近年の研究では、学校の授業中に行われるさまざまな教育活動を通して非認知能力を鍛えて伸ばすことができることが分かっている。

 ある意味で、非認知能力は自分以外の誰か、言い換えると家庭や学校の中で親、教師や友人と触れ合う中で身につけられるものである。

アンケート結果から分かったことは?

 非認知能力といっても、先述の通り観点は非常に多岐に渡る。アンケートの調査項目の絞り込みに当たっては、東京都教育委員会と一緒に議論を進めたという。最終的に質問項目は60超となり、アンケートは研究協力校に通う生徒(約2800人)を対象に行われた。

 今回の講演では、アンケートの回答結果と校務データとの相関性が一部紹介された。いずれも興味深い分析だったので紹介しようと思う。

アンケートの概要 SFC研究所が研究協力校で実施したアンケートの概要。アンケート結果と校務データやMicrosoft 365 Educationから取得したデータとの相関性も確認したという

自分の長所と強み

 「自分の長所/強みだと思う特性」を選択肢から3つ選び、それぞれについて10点満点で評価するというアンケートについて、F高校とH高校のデータを抜粋して比較した。

 すると全体的に「思いやり」「好奇心」「適応力」を強みに感じている生徒が多かったという。高校は中学校までとは異なる環境の下、友人との関係性を構築しなければならない。その中で思いやりや適応力を育んでいることが読み取れるという。多くの生徒が好奇心を持っていることも分かった。

 一部の調査では、「日本は世界一創造力が豊かな国」とされている。しかし、今回のアンケートでは生徒自身の創造性に対する自己評価がそれほど高くないことも分かった。生徒自身が伸ばしたいと考える特性で、約4分の1生徒が「創造性」を選んだという。ある意味で、客観的評価と自己評価に乖離(かいり)が生じている状況にある。

 そして約40%の生徒が伸ばしたい特性として「積極性」を挙げている。教職員へのヒアリングでも「授業中になかなか発言や質問が出ない」という声もあったとのことで、生徒がいかにして積極性を身に付けていくかということも、大きな課題の1つといえそうである。

 生徒が「問題解決力」を身につけることも、重要なテーマの1つとして浮き彫りになった。繰り返しだが、現代社会は予測困難だと言われている。生徒が自ら考え、社会のあらゆる課題を解決していける素地を教育現場で育むことは欠かせない。その観点から、探究活動をどのように設計するかということも重要な課題となりそうである。

自分の長所/強み 自分の長所/強みについて。思いやり、好奇心、適応力を強みに感じている生徒が多かったという結果が得られた
生徒自身が伸ばしたいと思っている特性 生徒自身が伸ばしたいと思っている特性に関するアンケート結果。日本は世界一創造力が豊かな国という外部調査もある中で、生徒の自己評価はそれほど高くないということが浮き彫りとなった

授業中の質問行動

 続けて「授業中の質問行動」に関するアンケート結果が紹介された。端的に結果をいうと、多くの生徒が授業中の質問をちゅうちょしている現状が確認できて、その傾向はいわゆる「偏差値」の高い高校ほど顕著だったという。一方で、多くの生徒は他の生徒の質問は有意義であるとも答えている。

 この結果が示唆するものは、生徒の意識の問題はもちろんだが「授業」の環境作りも非常に重要であるということである。別の調査研究で、生徒/教職員共に授業時間や授業進行というプレッシャーが質問行動を阻害する要因の1つと認識していることが分かっているという。

 生徒の積極性を育む意味でも、授業自体をより有意義なものにするという意味でも、教職員は授業の方法を常に改善していくことが求められるという。竹尾研究員は、机間巡視はもちろん、生徒同士のコミュニケーションを促したりICT機器を活用したりするなどして、アクティブラーニングを意識した授業運営が重要となってくるとしている。

質問行動 授業中の質問行動に関するアンケート結果。多くの生徒が授業中の質問行動をためらっており、高偏差値の学校ほどその傾向が高まっているという
コミュニケーション 机間巡視や生徒同士のコミュニケーションの促進、ICT機器の活用などが重要になると考えられる

生活満足度

 このアンケートでは学校と家庭における生徒の「生活満足度」についても尋ねている。2021年度の調査は新型コロナウイルス感染症の影響があるものの、ヒアリング結果や他の質問項目と合わせて考えると、学校行事や部活動への取り組みが、学校生活満足度と大きく関連することが分かったという。

 校務データにおける出欠情報との相関分析をしてみると、生徒の学校行事や部活動への取り組み姿勢が、遅刻回数や欠席日数の減少に結び付くことも判明したとのことだ。

生活満足度 生活満足度に関するアンケート結果。学校生活満足度が高い生徒は、学校行事や部活動に積極的に取り組んでいる傾向がある

非認知能力と学力の相関は?

 非認知能力と学力はどのような関係を持っているのだろうか。今回の講演では、一部仮説を含めて相関性についての説明が行われた。ここでいう「学力」は、複合的な評価がなされている「評価評定」と、外部模試で提示された「偏差値」を用いて分析しているという。

 興味深い所としては、「自己効力感」と「授業への取り組み姿勢」との間に正の相関関係が見られたことにある。ここから、「授業に対する姿勢や成績を正当かつ適正に評価された」「努力が報われた」と生徒自身が感じると、自信が付いて授業や学習に取り組む姿勢が良くなるという好循環が生まれるという仮説が読み取れる。生徒との個別コミュニケーションの機会を設けるなど、教員は生徒1人1人と個別に向き合うことが求められるともいえる。

 ある学校の結果を分析すると、模試の成績と自己効力感、期待性との間にも相関性が見られた。自己効力感や興味関心といった生徒のモチベーションが起点となって、生徒自身が自ら率先して課題の発見、分析、解決という一連のプロセスを進めることで確かな学力に結び付いている様子が見て取れる。教職員の立場としては、生徒がさらなる知的好奇心を持てるような授業設計、探究活動の場を作ることなどが求められるだろう。

関連性 非認知能力と学力との関連性。評価評定に関しては、自己効力感や授業への取り組み姿勢との間に正の相関関係が見られ、模試成績に関しては、自己効力感との間に顕著な相関関係が見られた

 アンケート調査などを通して得られた発見や気付きもあった反面、数値だけでは読み取ることのできない現場の知見や取り組みもたくさんあったという。これからも議論を進めつつ、研究結果を教育ダッシュボードの開発につなげていきたいという。

まとめ 学習ダッシュボードの開発は、調査やデータの分析に加え、学校現場の声や意見を取り入れながら進めていきたいとしている
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