Appleにマイナンバー搭載を要請しつつ安全性を下げる規制強要の矛盾(4/4 ページ)

» 2023年02月24日 12時00分 公開
[林信行ITmedia]
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多様性の担保こそがリスクを最小限に留める

 最後に、筆者の私見を交えた提案を3つ行いたい。

 1つ目は、サイドローディング(あるいはアプリ代替流通経路)を強要するような規制はやめて、市場原理に任せるという提案だ。もし、App Storeの手数料が暴利であるなら、やがて開発者がiPhoneから離れ、それによってユーザーもiPhoneから離れていく。それが市場原理というものだ。

 障害者の利用も多いUDトークの開発者である青木氏は、「App Storeは障害者のアクセシビリティの観点からも非常によくできている」と評していた。

 日本人は、どうしても目に見える機能だけをはかりにかけてコストパフォーマンスを測ろうとするが、App Storeではアプリの入手体験を含むデザインまで含めて価値を提供している。そうした要素を無視して政府が良し悪しを決めることは、世の中のソフトウェアの品質を低下させることにもつながりかねない。

 提案の2つ目は、それでも政府がどうしても何らかの理由で、国民を危険にさらしてまで、この規制を押し通したいというのであれば、その際は万が一、問題が起きても取り返しがつくように策を講じるべきだと思う。

 具体的には、当面はApp Store以外で選べるアプリストアを1つまでに限定し、何か問題が発覚した際には、そのアプリストアから流通していたアプリを全て使えない状態にしてユーザーの情報を守るといった対策だ。なお、そのような問題が発生した場合には、それまでそのストアからアプリを購入していたユーザーは損失を被ることになるので、ストアの運営社はそれを補填せざるを得ないだろう。

 3つ目の提案はもっと簡単だ。

 日本のスマートフォンユーザーの半数はAndroidのユーザーであり、Androidであれば既にサイドローディングが認められている。冒頭でも書いた通りiPhoneと比べると15〜47倍ほどマルウェア感染の被害が大きいが、それでも政府はこのAndroidにもマイナンバーカードの機能を組み込ませる予定だ。

 それならば数年間、Androidはサイドローディングとマイナンバーカード機能を備えたスマートフォン、iPhoneはサイドローディングなしでマイナンバーカード機能を搭載したスマートフォンと言う形で分けた運用を考えてみてはどうだろうか。

 そうすれば、今後サイドローディングを悪用して、マイナンバーカードに不正アクセスを試みるアプリの被害が出たとしても、半数のスマートフォンユーザーを守ることができる。

 もし、サイドローディングが、そこまで市場の活性化に重要で、それによって利用者にも恩恵があるなら、市場は勝手にAndroidに流れることだろう。

 人類は腸内に多様な細菌を持っているからこそ、伝染病が広がっても絶滅することなく生き延びてきた。多様性の担保が長い目で見た成功につながるというのは、生物学が教えてくれる重要な教訓だ。

 もし、全てのスマートフォンにマイナンバーカード機能の搭載と、危険と言われているサイドローディングを政府が強制し、それによって大規模な個人情報の流出などの問題が起きた場合、議長である松野博一内閣官房長官らが負う責任は大変大きなものとなる。

 おそらく、国民もスマートフォンにマイナンバーカード機能を盛り込むといった案に、2度と首を縦に振ることはなくなるだろう。

 だが、政府が要請するまでもなく、既にサイドローディングを実践してきたAndroidだけで問題が起きたとしたら、被害が半分だけで済むばかりか、その責任の一端はAndroid端末を提供するGoogleや端末を選んだユーザーも負うことになる。リスクヘッジの方法として非常に有効ではなかろうか。

終わりに:2月14日公開の資料に関して

Apple ティム・クック 内閣官房 サイドローディング 公正取引委員会がワーキンググループに提出した「モバイルOS等実態調査報告書(概要)」の結論部分。「セキュリティ確保やプライバシー 保護上問題ない場合には 」という注意事項が明記されている。なお、問題の有無の検証については「当該評価を行うためには、高度な専門的知見とともに、多大な検証作業を要する場合も考えられる」として最終判断を他に委ねている

 本稿の執筆終了後、官邸から2月14日に開催された第46回 デジタル市場競争会議 ワーキンググループの資料が公開されているのを見つけた。7つある資料のうちの1つは非公開だ。

 事務局提出資料は7つの論点から、これまでに出てきた意見が総括されているだけで結論めいたものはないが、パブリックコメントとして本件に関しては「公正取引委員会が主導すべき」という意見があり、それに合わせるように公正取引委員会が実施したアンケートなどの集計結果や分析の資料が合計5点(報告書本体/別紙1/別紙2/概要/ポイント)公開されている。

 公正取引委員会による調査のため、議論はモバイルOSの提供社やアプリ開発者のビジネスのものが中心で、スマートフォンアプリの利用者の視点からの分析は少ないが、概要の「セキュリティ確保やプライバシー保護に係る主張の評価」という部分に「セキュリティ確保・プライバシー保護に係る高度な技術評価が必要となる場合があり、当該評価を行うためには、高度な専門的知見とともに、多大な検証作業を要する場合も考えられる」と書かれている。

 大事なのは、政府に多大な検証が必要ながらも、消費者の安全において重要なその評価をする心づもりがあるか否かだろう。

 「2.モバイルOS市場及びアプリ流通サービス市場における健全な競争環境の確保」というページには、「自社のモバイルOSを搭載したスマートフォン端末に関し、セキュリティ確保やプライバシー保護上問題ない場合には」という条件付きで、サイドローディングをすべきと記してあり、公正取引委員会はサイドローディングに乗り気ながらも、これを課すべきか否かの判断を「セキュリティ確保やプライバシー保護」の観点の判断ができる第三者に委ねた状態で状況は大きく変わっていない。

※一部表記を修正しました(2023年2月24日17時30分)。

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