基調講演に立ったエリック氏は、Appleの揺るぎない理念を提示した。「Privacy is a fundamental human right(プライバシーは基本的人権である)」。これは単なるスローガンではなく、具体的な技術設計にまで落とし込まれた哲学だ。
そもそも、Appleはなぜここまでプライバシー問題に深く取り組むようになったのか。質疑応答で、エリック氏はこの思想の原点を明かした。転換点は2010年の「Siri」の買収だったという。それまでのAppleは、音楽の購入情報などを除けば、ユーザーの個人的なデータを大規模に扱うことはなかった。
しかし、音声アシスタントであるSiriは、その性質上、ユーザーの音声データをサーバで処理し、個人に最適化する必要があった。これはAppleにとって「未知の領域」であり、新たな責任を伴うものだった。
この経験を機に、彼らはそれまでの漠然としたプライバシー重視の姿勢から、明確な指針に基づく体系的なアプローチへと舵を切る。それが、後に詳述する4つの基本原則へと結実したのだ。この原則は、開発の初期段階からプライバシーを組み込む「プライバシー・バイ・デザイン」という思想そのものである。
エリック氏は、その哲学を実現するための4つの基本原則を詳述した。
エリック氏は、これらの原則にのっとった設計こそが、最終的に「ユーザーの信頼(Trust)」を勝ち取る唯一の道であると強調した。
Appleが示した理念に対し、日本の専門家たちは国内の法制度や社会が直面する具体的な課題を浮き彫りにした。そこには、技術だけで解決できない「デザインの政治性」―すなわち、デザインや設計がいかに人々の行動を規定し、社会のあり方を変えるか―という視座があった。
カライスコス・アントニオス教授は「そもそもデータはどこから来るのかと言えば、それは個人からです。その中で人を優先することを忘れてしまうのは、ありえないことです」。消費者保護の観点から、あらゆる議論の出発点は常に「個人」でなければならないと訴えた消費者法の専門家であるアントニオス氏は、序章の「泳げないプール」問題の根源として「ダークパターン」を名指しした。
ダークパターンとは、例えばECサイトで商品をカートに入れた際、気づきにくい場所にチェックボックスがあらかじめ用意され、意図せず高額なオプションに同意させられるような、「消費者に虚偽や過剰、分かりにくい情報を与えるなどして事業者に有利な方向へ誘導する手法」である。
その具体的な対策として、同氏が参画する「ダークパターン対策協会」が創設した「NDD認定制度」が紹介された。これは、法規制だけに頼るのではなく、市場の力で健全なデザインを推進しようとする先進的な取り組みだ。制度の主な柱は3つだ。
カライスコス・アントニオス教授は、問題の核心として「ダークパターン」を定義した。この用語がUXデザイナーのハリー・ブリッグナル氏によって2010年に提唱されたという背景を紹介しつつ、この問題に対する日本の法規制が「部分的かつ断片的」であるという課題を指摘した
アントニオス教授は、消費者保護の観点からもプライバシー保護は「欠かせない大前提」であると強調する。その上で「Appleによるデータ取得の最小化は、非常に望ましいアプローチである」と述べ、企業の設計思想の重要性を示した
App Storeのプライバシーラベルに見るプラットフォーマーの責任
Appleが“地球の未来を変える2030年までのロードマップ”を公開、ゼロを掲げる理由
Appleは何故、ここまで声高に「プライバシー」保護を叫ぶのか?
WWDCに見る、Appleがプライバシー戦略で攻める理由
これがApple最新OSの描くニューノーマルだ──WWDC20まとめCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.