第4回 HTML5の指し示す未来なぜ今、HTML5なのか――モバイルビジネスに与えるインパクトを読み解く(2/2 ページ)

» 2012年08月15日 10時00分 公開
[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]
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Webアプリを情報端末に常駐させる動きも

 最近、こうした流れは一層加速しつつある。例えばWeb技術開発の先頭を走る米Googleは今年7月、次期Chrome(Chrome 22)のβ版をリリース。この中で「Chrome packaged apps」と呼ばれる新しい方式のアプリを発表した。これはWebアプリでありながら、PCやスマートフォンなど情報端末のローカル記憶装置にインストールされ、そこから起動する。つまり最初から「オフライン(インターネットから切断された状況下)」での利用を前提としているのだ。

 「それではWebアプリではなくて、ネイティブアプリではないか!」―― 思わず、そう言いたくなる読者もおられるだろう。しかしChrome packaged appsは、(マークアップ言語としての)「HTML5」、「CSS」、そして「JavaScript」という一連のWeb技術(広義のHTML5)によって制作されるので、技術的にはWebアプリだ――というのがGoogleの主張である。

 HTML5で制作したWebアプリのコードを、あえてネイティブアプリのように端末のローカル記憶装置に常駐させるのはなぜか? 一つの理由としては、サーバー、クライアント間の通信に伴う処理の遅延をなくすことである。これまでのWebページ(Webアプリ)は、基本的にWebサーバに保存されたHTML文書(それはHTML、CSS、JavaScriptで記述されている)をインターネット経由で情報端末にダウンロードし、これをブラウザが解釈することによって利用されてきた(図1)。前に指摘した「Webアプリはネイティブよりも遅い」という欠点は、こうした通信のオーバーヘッドに起因するところが大きかった。

Photo 図1 ブラウザでWebページ(ホームページ)を見るための仕組み

 Webアプリの動きが遅い、もう一つの理由は、それが間接的な動作を強いられることだ。つまりネイティブアプリがOS上でダイレクトに稼働するのに対し、Webアプリはブラウザの一部である「JavaScript Engine」によって処理される。要するにアプリとOSの間にブラウザが介在するので、動きが遅くなるのだ(図2)。

Photo 図2 ネイティブアプリとWebアプリの処理プロセス

 しかし今後、Chrome OSやFirefox OSのようにOSとブラウザが一体化すれば、この問題は解決される。さらにChrome packaged appsのように、情報端末のローカル記憶装置にWebアプリが常駐するようになれば、サーバー、クライアント間の通信に伴う遅延も解消される。これによってWebアプリとネイティブアプリの速度差は解消されるはずだ。

インターネットから生まれ、インターネットを超えるWeb

 それは単なるスピードの問題にとどまらない。OSとブラウザが一体化するということは、そもそもWebアプリとネイティブアプリを分けて考えること自体が時代遅れになることを意味する。つまりPCやスマートフォン、タブレットなどの情報端末がインターネットに接続していようと、あるいはスタンドアローンで使われようと、全ての情報処理は今後、Webをベースに行われる。こうしたビジョンこそが、実はHTML5の本質である。

 Webの進化の歴史を振り返ってみると、それがよく理解できる。今ではよく知られているように、Webは元々、CERN(欧州原子核研究機構)のシステムコンサルタントをしていた英国人のティム・バーナーズ=リー(Tim Berners-Lee)氏によって1990年前後に開発された。当初、同氏はWebを、CERNで働く物理学者たちが論文などの情報を共有するためのデータベースとして考案した。さらに、いずれこれがグローバルなシステムへと成長することを期待して、Webを世界的な通信網であるインターネット上に構築することに決めた。

 やがてWebは当初の「グローバル・データベース」から、徐々に別の何かに向かって変身し始める。その手始めは1990年代半ばに登場した「CGI(Common Gate Interface)」やJavaScriptなどである。これらの技術を導入することによって、Webは「アプリケーション」というプログラムを動かすための、ダイナミックなコンピューティングプラットフォームへと進化し始めた。

 HTML5はそうした進化の究極形であると同時に、Web Storageのようなオフライン機能の導入によって、従来のWebの存立基盤であった「インターネット」にさえ独立宣言を突き付けようとしている。GoogleのChrome packaged appsも思想的にはWeb Storageと共通するものがある。これらは極めて画期的な動きだ。なぜなら多くの一般ユーザーにとって、「Web」と「インターネット」はほぼ同義のものであるからだ。

 私たちが普段、「これからインターネットを使おう」と言うときには、まず間違いなくPC画面などからWebブラウザを起動している。ところが現在、HTML5の仕様を決めているW3CやGoogleなど先端企業のトップエンジニアにとって、インターネットとは「Webを構成する一つの要素」にしか過ぎなくなっている。つまりWebというものを、もっと大きな枠組みとして捉え直そうとしているのだ。

 彼らにとってWebとは、Micorosoftの「Windows」やAppleの「iOS」、そして当のGoogle自身が提供する「Android」など、異なるコンピューティングプラットフォームによって分断されたIT業界を再統一するための「共通インタフェース」である。そして(マークアップ言語としての)「HTML5」「CSS」「JavaScript」などから構成される「広義のHTML5」とは、異なるメーカーや機種の情報端末に向けてアプリを開発するための共通言語である。

 要するにHTML5の本質とは、乱立するITプラットフォームとソフトウェア開発言語の統一運動である。元々、Webとそれを記述するためのHTMLは、CERN内部で使われていた多種多様なコンピュータを相互接続するインタフェースとして開発されたので、そうした統一運動にはもってこいの存在なのだ。現在のW3CやGoogleは、これを上手く利用しようとしている。その誕生から20年余りを経た現在、Webは実に長く曲がりくねった道のりを辿って、発明者のバーナーズ=リー氏すら想像もしなかったような、全く別の存在へと進化を遂げたのだ(図3)

Photo 図3 発明当時のものから全く別の存在へと進化を遂げたWeb

 この統一運動によって、彼らが実現しようとしているのは、あらゆる情報端末がWebに接続され、そうした端末のローカル記憶装置とサイバー空間の境界線が取り払われた世界だ。そこにおけるユーザーは、自分が今、手元の情報端末で仕事をしているのか、それとも遠く離れたサーバー上で仕事をしているのか、その違いを意識する必要が全くない。つまり完全なクラウドコンピューティングの実現である。

 多くのアプリ開発者にとって、直近の関心事項は「ネイティブアプリか、それともWebアプリか」であるかもしれない。しかし、もっと長期的な視点からは、HTML5が指し示す、そうしたビジョンや方向性の方がより重要だろう。なぜなら、それこそがユーザーが最終的に求めるものであるからだ。

小林雅一氏プロフィール

 KDDIリサーチフェロー。東京大学大学院理学系研究科を修了後、雑誌記者などを経てボストン大学に留学しマスコミ論を専攻(東大、ボストン大とも最終学歴は修士号取得)。ニューヨークで新聞社勤務後、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭をとったあと現職。著書は「神々の『Web3.0』」(光文社ペーパーバックス)、「モバイル・コンピューティング」(PHP研究所)、「Web進化 最終形『HTML5』が世界を変える」(朝日新書)、「日本企業復活へのHTML5戦略」(光文社)など。



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