連載
» 2010年08月20日 14時00分 UPDATE

矢野渉の「金属魂」Vol.11:ブルーメタリックとメランコリックな記憶の中で――「Let'snote CF-A1R」

PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。第11回は、パナソニックの「Let'snote CF-A1R」だ。

[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

Let'snoteが家電だったころ

 最近は写真を撮影するのが楽しくてしかたがない。撮影する被写体が僕の好きなものばかりだからである。この連載に限らず、仕事での撮影は9割以上はスタジオ撮影だ。小さくてツルツルしたものをスタジオで撮影することがどうやら性に合っているようで、特に仕事を選んでいた覚えもないが、いつの間にか今のような状態になっていた。

 撮影前に被写体を綺麗(きれい)に磨く段階からすでに楽しい。この「Let'snote CF-A1R」のように、鏡面仕上げでしかもメタリック、などという凝った天面があると、つい「磨き」に没頭してしまう。あらゆる角度から表面をチェックして、擦り傷を発見しては微細なコンパウンドを塗り、柔らかな布でこする。

 購入以来、何度となく行ってきたことだから、僕にとっては手馴れた作業だ。このPCのCPUはMobile Celeron 366MHz。Windows XPが実用速度で動かないスペックでは、もはや意味のないハードウエアなのかもしれない。それでも僕は時々こうしてCF-A1Rを磨き、愛(め)でる。

 パナソニックのLet'snoteが銀色になったのはいつごろからだろうか。21世紀になってパナソニックの「デジタル家電」と呼ばれるものが総て銀色に向かっていき、Let'snoteもその流れで、2002年3月発売の「Let'snote Light CF-R1RCXR」以降、外観を銀色に統一していったと記憶している。

 その後、ほかの製品はデザインや色を変化させて行ったが、Let'snoteだけはかたくなに銀色の筐体を採用し続けてきた。最近は黒のモデルも店頭に並んでいて、直販サイトでは天板の色が選べるが、Let'snoteといえば、やはり銀色が思い浮かぶ。

 僕はこの銀色になる前のLet'snoteの風情が好きだ。なんと言うか、とても「国産」な感じがする。当時は社名がパナソニックではなく、まだ松下電器産業だったが、「家電」の手法で作り上げたPC、という表現がぴったりだ。

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値段分の機能と高級感がそこにはあった

 僕がこのPCを購入したのは2000年だ。CF-A1Rはその前年のモデルで、少し値段が下がったので買ったと記憶している。それでも20万円はした。今も昔も、Let'snoteは高いのである。しかし、値段分の機能と高級感をちゃんと感じさせてくれるPCではある。

 まずは重量だ。ワンスピンドルで1.18キロというスペックは、あの時代ではかなり軽かった。パナソニックはどうも1キロという数字にこだわりを持っているようである。その後、999グラムという重さを実現するためにオンボードのメモリチップを減らしたことがあり、さすがに顰蹙(ひんしゅく)を買っていたが。

 そして10.4型のXGA液晶。ドットが小さい(ドットピッチが狭い)ので画面が締まって見える。この液晶パネルは他社の機種ではあまり採用されていない。生産量が少ない液晶パネルなので、おそらく部材として割高だったのだと思う。しかし、パナソニックはワイド液晶全盛の中、今もLet'snote Rで10.4型XGA液晶を使い続けている。よほど、このサイズ感にこだわりがあるのだろう。

 CF-A1Rで面白い機能としては、電話線に専用モデムの基地局をつなぐ、ワイヤレスでのネット接続があった。無線LANアクセスポイントなど家庭にはなかった時代に、カスタムメイドの機材を使って、だ。外付けのワイヤレスステーションと無線で接続するワイヤレス通信の子機はPCに内蔵され、本体左奥に付いた小さく黄色いアンテナが異彩を放っていた。

 また、今でこそ当たり前だが、このPCは、そのころMac以外では珍しかったIEEE1394コネクタを持っている(このスペックでビデオのエンコードをすると、PCが発熱して大変なことになるのだけど)。最軽量を狙うようなPCに、わざわざ高速でビデオの取り込みに使う当時主流ではないコネクタを載せてくる姿勢は、今のビジネス然としたLet'snoteが忘れかけている冒険心といえるかもしれない。

 高価な機能を盛り込み、高価な部材を使い、そして極めつけがこの天板のデザインだ。わざわざ自動車の塗装と同じコーティングをしたという天板は、おそらく、このPCのためにだけ作られた素材だろう。「これだけやったんだから、それだけの代金は頂きますよ」というパナソニックの主張がよく分かる。

×××とは違う、断じて

 ようやく磨き終わって、CF-A1Rを撮影台に載せる。この色は、ブルーメタリックというのだろうか。表面を加工した青い金属板に、エナメルのような透明な素材を分厚くコーティングしてある天板は、ライティングによって色がどんどん変わる。表面の映り込みと、下地のメタリックのきらめきの具合でずいぶん印象が変わるのだ。グラデーションで言うと、銀から薄い青へ、さらに濃紺へ、といった順だ。

 シャッターを切り、RAWデータを現像しながら、ディスプレイ上で色と素材感を確かめた。グレースケールで正確に色温度を合わせても、どうも本体の色とは違う。こういうときは、自分の記憶色で色を近づけたほうがいい。

 記憶の中のCF-A1Rの色、記憶の中……。

 そのとき、昔、ある女性編集者に言われた言葉をふと思い出した。この女性は帰国子女のせいか言語の感覚がかなりダイレクトで、初対面のときに少し話をしただけなのに、僕と妻はどういう理由からなのか、「偽装結婚の仮面夫婦」ということにされてしまった。その彼女が何のてらいもなく言い放ったひと言。

 「このPC、冷蔵庫のドアみたいですね!」

 冷蔵庫、冷蔵庫と……。ああ、もう画面上のCF-A1Rが冷蔵庫の扉にしか見えなくなってしまったではないか。

 「このLet'snoteは家電テイストを持っていますが、断じて冷蔵庫ではありません」などと叫んでみても後の祭りだ。

 結局、僕は記憶の中の冷蔵庫の色を引きずり出されて、RAWデータを現像するしかなかった。僕は敗北感でいっぱいになって、CF-A1Rを収納ボックスの奥へと押しやる。自分の子供に対するのと同じような愛憎の気持ちがあふれてくる。しばらくはお別れだ。

 いずれまた、何気なく取り出して、ピカールで磨き始める、その日まで。

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