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社内、社外のあらゆるプロセスにネットワークを使うことによって、コスト削減と生産性向上を実現し、ひいては企業の競争力を高めることができる――シスコシステムズではこうした「ネットワーク・バーチャル・オーガナイゼーション」構想を実践してきた。

 言わずと知れたネットワーク業界の巨人、シスコシステムズだが、通信バブル崩壊後は過剰投資の余波に悩まされている。しかし同社社長を務める黒澤保樹氏は、これからこそ新しい社会インフラの構築が必要だし、IPネットワークのさらなる成長と変化が起きると指摘する。

ZDNet 2002年も、あまり明るい話題に恵まれたとは言いがたいですね。

黒澤 最近では、規制や慣行などの中でやってきた従来の日本のやり方が、いよいよにっちもさっちもいかなくなり、これを何とか変えていかなければならないと考えるようになったと感じます。少し前ですと、心配だ、何とかすべきだという人と、問題はそれほどたいしたことではなく、いずれ時間が解決してくれるという人の2タイプが、まだら模様のようになっていました。ですがここにきて、このまま何も手を打たなければ、金融がクラッシュし、産業がクラッシュして、さらには国そのものが信用力を失ってクラッシュしてしまうということを認識するに至ったと思います。

 具体的には、紆余曲折はありましたが、竹中経済金融担当大臣が立てた再生プランの下、金融や産業再生のためのプログラムが動きつつあります。おそらく2003年は、これらを実施する年になるでしょう。同時に大きな混乱も起きると思います。ですがそれを経たその次の年には混乱が一段落し、未来に向かって動き出す年となるのではないでしょうか。

ZDNet 日本全体がいよいよ切羽詰ってきたということでしょうか。

黒澤 これまでは、いずれ景気が良くなりデフレが終われば、問題はなくなるだろうという様子見の姿勢でやってきました。良し悪しは別として、日本全体が「赤信号、みんなで渡れば怖くない」方式でやってきたということです。でも、このまま行ってしまえばクラッシュしてしまうことが見えてきた。皆が、さまざまなアクションを取らなくてはならないのだと考えるようになったと思います。

ZDNet では、ネットワーク業界、そしてシスコ自身にとって、2002年はどんな年でしたか?

黒澤 かつての通信バブル、ITバブルの時期には、ネットワーキング業界全体が過剰な設備投資を行いました。現在、優先度の高い課題は、その余っている設備をどのように活用するかです。その意味で、設備投資自体は低迷しています。世界的に見ればマイナス23〜29パーセントといわれています。また日本の場合も、業界全体がおそらくマイナス20パーセント程度になっていると思います。その中でのシスコの業績ですが、全体的にはフラットです。市場全体が縮小している中でのフラットですから、健闘していると思います。

ZDNet その理由はどこにあるのでしょうか?

黒澤 天気を予測することはできても、コントロールすることはできませんよね。バブルの崩壊後は、われわれ自身でコントロールできるところ、自分たちの努力で変えられるところにフォーカスするという戦略をとってきました。このやり方がうまく動いているのだと思います。

ZDNet 2003年以降のネットワーク業界はどのように変化していくと予測していますか?

黒澤 ちょうど昨年の新春インタビューで、「2001年は、ようやく日本でもいろんなことが始まってきた」という趣旨のことを述べました。2002年は、それがものすごい勢いで展開した年でしたね。ですが、DSL、いわゆるブロードバンドの普及で十分だと思っている人がいるかもしれませんが、そんなことはありません。この動きはようやく始まったところなのです。

「このままでは日本自体がクラッシュしてしまうという危惧を多くの人が持ち始めた」という黒澤氏

 これから日本が本当に取り組まなくてはならないのは、新しい社会インフラを作ることです。日本全国津々浦々、ありとあらゆるところにファイバーが引き巡らされ、100Mbps接続は当然、もしかしたらギガビット接続が家庭にも入ってくるというような、新しい社会インフラです。さらに、その社会インフラと人材を活用することで、知的生産経済という新しい経済を作っていかなければならないと思います。

 では、その新しい社会インフラができてくるタイミングはいつかと聞かれると困るんですが、ネットワーク、特にIPベースのネットワークの成長はこれからだと思います。これからも非常に大きな変化があると思いますし、伸びていくと思います。

ZDNet 今おっしゃった知的生産経済の構築以外に、新たな社会インフラはどのように活用できるのでしょうか?

黒澤 ありとあらゆることに使えますよ。医療や教育、介護など、あらゆる機能を、いろいろな意味でアップグレードし、高度化できると思うんです。

 例えば日本はこれから、世界で一番初めに高齢化社会を迎えるわけです。そこで、高齢化した人たちがより安心して暮らせるような社会を作るために、さまざまな機能の高度化が必要になると思いますし、そこに新しい産業、新しい経済が生まれると思うんです。そのためには、新しい社会インフラというのは必要不可欠だと思います。

 また、いわゆる知的生産の部分は、バリューチェーンの中の一部にすぎません。残りのバリューチェーンについては、どこかと協調してやっていかなくてはなりません。日本はせっかくアジアに立地しているのですから、こうしたことをアジアの中でも積極的に進め、しかも日本の市場を開放して自由にやっていかなくてはならないと思うんです。

ZDNet その新しい社会インフラを実現するために必要な技術や解決すべき課題は何でしょうか?

黒澤 人材を育てていかなくてはなりません。既に、Cisco Networking AcademyやInternet Learning Academyといった形でIT技術者育成に取り組んでいるのですが、今度は福岡に、高度IT人材育成センターというものを設立する計画です。

 不足しているIT技術者を増やすことが第1の目的ですが、それ以外にも目的はあります。1つは、ITを用いた教育をビジネスとして展開できないか、試行していくことです。また、福岡を中心に円を描くと、日本だけではなく韓国も中国も入ります。そうしたマーケットを成り立たせていくことも考慮に入れています。

 もう1つ大きな目的は、とにかく東京一極集中の状態を何とかしたいということです。日本が活性化していくためには、地方がきちんとしなければいけません。国の将来を支える芽を持ったプロジェクトを地方でやることには、大きな意味があると思います。だから福岡を選んだのです。同じような文脈で、地方のあちこちで知的生産経済作るための新しいビジネスを起こしていけばいいと思うんですよ。

ZDNet 技術的な側面から見た課題は何でしょうか?

黒澤 新しい社会インフラは、100Mbps、ギガビットの世界ですから、光関連の技術が大きな要素になると思います。また「社会インフラ」なのですから、安全に使えないとまずいですよね。セキュリティは非常に大きなファクターだと思います。それから、いつでもどこでもという要素、つまりモビリティも必要ですよね。それも安全なモビリティでなくてはいけません。

 先に、社会の機能の高度化について触れましたが、本当にいろいろなことが考えられると思います。あくまで1つの例ですが、治安の高度化という意味では、コンビニやATMの付近に監視カメラやセンサーを置いておいて、何かが起きたら、その画像がセンターと、それから現場に向かうパトカーにリアルタイムに送られるといったことが考えられます。もちろん、今でもやろうと思えば可能ですが、高価なんですよね。ですがそこにIPのインフラを使えば非常に安くできると思います。他にも救急車での活用とか、介護などが上げられるでしょう。

ZDNet 不況の影響もあってか、最近では多くの企業が、TCOの削減とROI(投資効果)の向上に触れるようになりました。これはシスコがかねてから提唱してきたネットワーク・バーチャル・オーガナイゼーション(NVO)につながるのでしょうか?

黒澤 最初の話に戻りますが、これだけにっちもさっちも行かない状況だと、今後企業にとって最大の課題は、競争力を上げること、そしてどのように利益を出していくかということです。そのためには、生産性の向上が非常に大切です。これを実際にやろうとする場合、NVOは最も分かりやすく、かつ効果の出るやり方だと思うんですよ。

ZDNet NVOというコンセプトがようやく認識されてきたのでしょうか。

黒澤 認識は進んでいると思います。「なるほど、そうか」と聞き耳を立て始めたのだと思います。

 NVOが実現するメリットは非常に多岐に渡るのですが、まず1つは、選択と集中という戦略に沿って、自分たちのコアコンピテンシに注力し、他の部分はパートナーに任せるという形でビジネスを展開する場合、これまで1社でやっていたことを複数の企業でやらなくてはなりません。それをあたかも1社でやっているがごとく行うには、シームレスなプロセスと情報の流れが必要となります。いわゆるバーチャルな組織です。そして、このバーチャルな組織を作るのにネットワークを使おうというのが、NVOのコンセプトの1つです。

 また会社の中でも、組織をいちいち変更してプロジェクトを立ち上げるのではなく、必要な人々を仮想的にネットワークでつなげば、常に複数のプロジェクトが進められることになります。非常に効率がいいですよね。これもNVOの1つです。

 社内、社外のありとあらゆるプロセスにネットワークを使うことによって、コストが非常に大幅に下げられるということが分かってきました。われわれも最初は、コスト削減効果といっても、あるところまでいったら頭打ちになるんじゃないかと思っていたんですが、そんなことはなかった。やればやるほどコストが下がりますし、やればやるほど生産性が上がるということを、身をもって体験しました。

ZDNet では、そのNVOを実現すべく、どのように企業を支援していくのでしょう?

黒澤 われわれ自身が、これまでにそういうことをやってきましたから、ノウハウ、ナレッジがたまっています。できるだけそうしたものを、日本の顧客に開示したいと思っています。何とかヘルプして欲しいという日本の顧客もたくさんあると思うので、われわれの経験やナレッジの移転を通じて、積極的にサポートしていきたいと思います。

ZDNet 他に心がけるべきことはありますか?

黒澤 一般論で言えば、競争力をいかに高めるということです。コストを下げて生産性を上げ、ボトムラインをキープするということだと思います。かえって、企業経営者に、あなたの課題は何ですか、と聞いてみたいですよね。課題はたくさんあると思いますけれど、それを解決するために、リスクをとって集中的に投資することが大事だと思います。デフレが何とか好転するなどという可能性はありませんから、まず行動を起こすことでしょう。

 もう1つ、ITが経営にとってどういう意味を持つかを本当に理解されている経営者はまだ少ないと思います。IT技術そのものは知らなくても、ITが経営にとって戦略的にどういった意味を持っており、それをどのように使えばどういうふうに変化するのかを理解していく必要があるでしょう。

2003年、今年のお正月は?
「2003年の年末年始も、昨年同様に長野の山小屋にこもります」という黒澤氏。そこでの時間は、普段から常に意識の中にインプットしてきたさまざまなアイデアまとめることと、「最近シスコが取り組んでいる、マネージャに対する“360度サーベイ”のレポート書きに充てます。時間がないと適当に流してしまいがちですが、まとまって取り組める今がいい機会だと思います。このレポート、1人分に30〜40分はかかるんですよ」という。

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[聞き手:高橋睦美,ITmedia]


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