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ほんの数年前には夢物語だったブロードバンド接続が、現在では当たり前のように利用されている。あまりにも激しく変化し、それゆえ戸惑いや混乱も生じている通信市場において、「次のビジョンを描ける人が少ない」と、IIJ代表取締役社長の鈴木氏は指摘する。

 2002年12月で、設立10周年を迎えたインターネットイニシアティブ(IIJ)。黎明期から日本のインターネットを支え、さまざまな技術を引っ張ってきた同社の役割は、自他ともに認めるところだ。同社代表取締役社長を務める鈴木幸一氏に、これまでの歩みを振り返ってもらった。

ZDNet 2002年の国内通信市場は、これまでの数年間に比べ、今ひとつダイナミックな動きに欠けたという印象がありますが。

鈴木 いや、2001年から2002年にかけては、グループ企業であるクロスウェイブ コミュニケーションズ(クロスウェイブ)が始めた「広域LANサービス」が爆発的な勢いで伸び、他社の参入により激しい競争が起きています。やはり競争によって、よりよいサービスが生まれ、市場の拡大につながっていくるのだと思います。今後の通信サービスの見通しとしては、バックボーンはIPでアクセス回線はイーサネットという形になると考えているのですが、徐々にその方向に向かっていると思います。

 同時に、ブロードバンド接続をはじめ、さまざまなレイヤで多様なサービスが一挙に普及してきました。ただ日本の場合、バックボーンやIX側の機器の準備が整わないうちに、ラストワンマイルのブロードバンド化が一気に進んだため、IP網上のトラフィックが急増し、負荷が高まっています。おそらく2003年には、東京エリアだけでも200〜300Gbpsといったトラフィックになるでしょう。これは、世界的に見ても例のないケースだと思います。コスト的なものも含め、これをどう運用していくかが、今後の大きな課題です。

ZDNet IIJグループとしては、電力系通信事業者であるパワードコム、東京通信ネットワークとの提携および事業統合方針を発表しました。

鈴木 IIJグループには、データ通信に特化した長距離回線は持っていても、ラストマイル、地域網を持っていないという部分をどのように克服するかという課題があります。一方パワードコム側にとっては、われわれのインターネット技術が魅力です。特にどこと限らずに、このような補完関係があるところと協力していくことは、世界中で起きている一連の通信事業者の再編からいっても自然なことだと思いますし、そこから生まれる競争が大事だと考えています。

 クロスウェイブは結果的に、広域LANというレイヤ2の新しいサービスを作ることができましたが、これにローカルインフラを組み合わせることで、これまでとは異なる、もっと優れたタイプのサービスができるのではないかと期待しています。

ZDNet それは一体どのようなサービスになるのでしょう?

鈴木 僕がイメージしているのは、まさに電気や道路のようなものです。イントラネットであろうと何であろうと、イーサネットで接続するだけで、IPバックボーンにつながるような形のネットワークができないか、そしてその上でさまざまなアプリケーションができたら面白いなと思っています。

ZDNet IIJは2002年12月で設立10周年を迎えましたが、この10年間における最大の成果は何でしょうか?

鈴木 やはり一番大きいのはエンジニアを育ててきたことだと思います。設立当時は、IPのスペシャリストというのは非常に少なかったのですが、製造業風――徒弟制度とでもいう形で、長期的にこつこつと技術者を育ててきました。その甲斐あって、今では30歳台半ばくらいを中心に、エンジニア層に厚みが出てきたと考えています。

ZDNet それ以外に印象に残ることはありますか?

鈴木 接続サービス価格の下落ですね。10周年ということで昔の料金を見てみたのですが、現在の価格は8年前に比べ約100分の1になっています。その一方で契約帯域の広帯域化がものすごい勢いで進んでいます。試しに8年前当時の料金で今の帯域を計算すると、売上高は5兆円を超してしまいます。契約数はもちろん伸びているのですが、それ以上に接続サービス価格の下落が激しかったため、われわれの売上におけるネットワーク・インテグレーションの比率は、接続サービスとほぼ同程度になっています。

 ここで難しいのは、あまりに価格の下落が激しいと、今度はインフラに投資し、メンテナンスして品質を維持するためのインセンティブが沸かなくなってしまうことです。政府としての政策も必要かもしれません。

ZDNet うまい解決策はあるのでしょうか。

鈴木 日本はこれだけブロードバンド化が進み、いいものを持っているのですから、可能性はあると思うんです。政府による適切な政策と、通信事業者自身の適切な発想があれば、世界のネットワークを席巻するような面白いことも可能だと思います。ただ、今の混乱の先へ進むための新しい秩序のイメージ、大きなビジョンを描ける人がとても少ないですね。

ZDNet 鈴木社長自身は、どういった像を思い描いているのですか?

鈴木 なかなか難しいのですが、旧来の通信事業というものが、バーチャルな、実体のないものになっていくと思います。問題はそのプロセスです。短期的な目標をクリアしていった結果が長期的な目標になるのか、それとも大きな絵を描いて進んでいくのか。政府の政策としても、また通信事業者自身も考えていかなくてはならないと思います。

ZDNet この10年、インターネットは非常な勢いで普及してきました。

鈴木 人の生活を便利にする道具は、一時的にせよ社会を混乱させるものです。電話は一般に普及するまでに数十年、テレビは20年かかりましたが、インターネットはそれ以上のスピードで普及しました。しかもインターネットは、鉄道に匹敵するような社会システムの変化です。それゆえ、普及していく中で、戸惑いや混乱も深い一方で、いずれ、これをベースにした新しいインダストリーが立ち上がってくると思います。

ZDNet IIJがこの混乱した市場の中をうまく渡ってこれた要因は何でしょう?

「若手、中堅のエンジニアたちと毎週会議を行い、アイデアを出し合っている」と鈴木氏

鈴木 エンジニアが頑張ってきたこと。同時に、技術にも明るい営業を少しずつ育ててきたことが一番だと思います。

 企業向けサービスは順調に伸びています。実はまだ、既存の顧客を対象に、UUCP接続も提供しているんです。それに対して残念なのは、コンシューマー向けのサービスがなかなか広まらないことです。それこそ、昔は個人向けのサービスはIIJしかなかったですし、今でもクオリティは一番だと自負しているのですが。

 携帯電話が普及した今、通話が途切れたり、つながらなかったり、音声品質が悪くても当たり前という考え方がありますね。正直に言えば、僕自身も含め、高品質、高信頼性を重視するというIIJのカルチャーからすれば、このような品質に無頓着という市場には引っかかる部分もあります。ですがこうした見方に対しては、ユーザーが変わってきている以上、柔軟に対応していくべきなのでしょう。

ZDNet 2003年、「これは面白そうだ」と、注目する技術はありますか?

鈴木 有線も無線も、あるいはモバイルもありという具合で、既にいろいろな要素は出ています。むしろ問題は、出揃った要素を、どのようにして通信の仕組みの中にビルトインしていくかでしょう。変化を踏まえた新しい情報システムのあり方を提示していくことが必要だと思います。

ZDNet 不況の影響が大きいのでしょうか。

鈴木 ええ、ですが今はまだ、利用者側のダイナミズムがありませんね。企業も「何よりもコスト」であり、なかなか技術革新を取り入れたものになっていきません。デフレスパイラル、縮小均衡といった流れの中で、従来の延長線上にはない新しい産業システム、事業システムが生まれるのには時間がかかるのかもしれないという気がします。IIJグループとしては、今後も、これまで培ってきた技術を活かしながら、新しい技術を取り入れたサービスを提供していきます。ですから、われわれが提供する通信サービスをコスト削減のツールとしてだけでなく、もっと新しい考えで使ってもらえるようにならないかなと期待しています。

2003年、今年のお正月は?
「これまで毎年、年末年始は海外で仕事でした。2002年も新年早々、ニューヨークとデンバーを回る強行軍でした」という鈴木氏。今年は久しぶりに、日本でゆっくりする予定という。「正月の東京って静かなんですよね? 初詣に行って、ぶらぶらして、あとは本でも読んでみようかなと思っています」。

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[聞き手:高橋睦美,ITmedia]


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