タッチパネルの憂鬱と、その先にある可能性神尾寿のMobile+Views

» 2007年09月10日 11時39分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 タッチパネルは不幸な運命を背負わされている。それはユーザーの期待値が大きく、いつも完璧を求められてしまうことだ。

 Appleの「iPhone」を筆頭に、最近なにかと注目のタッチパネルディスプレイ搭載のスマートフォンだが、振り返れば過去にも似たようなコンセプトがなかったわけではない。例えば日本では、全面にタッチパネルディスプレイを搭載した携帯電話として、パイオニアのJ-PHONE向け端末「DP-211」(1997年)があった。DP-211は後継機種DP-211SWでスカイメールに対応し、パイオニア製のカーナビに“埋め込んで”使えるなど、今思うとかなり画期的な製品である。当時、バイク便の最大手「ソクハイ」で大量採用されていたので、見かけたことがある読者もいるだろう。そのほかにも、東芝の「GENIO」や松下通信工業の「ピーターパン」など、タッチパネルを搭載した携帯電話やPHSは1990年代末期にずいぶんと取り組まれてきた。「すべてをタッチパネルで」というのは、そのコンセプト自体は古くから存在したのである。

 また、iPhone登場直前を見れば、シャープの「W-ZERO3シリーズ」などWindows Mobile搭載のスマートフォンは、スタイラスで操作するタッチパネル+ハードウェアキーが基本スタイルになっている。先日ドコモから発表されたHTC製の「HT1100」はWindows Mobileのユーザーインタフェース(UI)を一部改良し、スタイラスではなく“指で操作する”独自の「TouchFLO」テクノロジーを実装。スマートフォンながら、コンシューマーユーザーにも訴求できるタッチパネルUIを提唱している。

iPhoneとHT1100の差はどこにある?

 しかし、これら「iPhone以外」のタッチパネルUIが使いやすくて万人向けだったかというと、答えは“No”だ。筆者はこれまで、スマートフォンに限らず、多くのタッチパネル搭載のデジタル機器やPCを触ってきたが、iPhoneほど洗練されたタッチパネルUIを実現したものは記憶にない。iPhoneに一度触れてしまうと、そのほかのタッチパネルUIが古くさく、とても使いにくいものに感じてしまう。それほど大きな差なのだ。

 では、なぜiPhoneのタッチパネルUIは優れているのか。

 ディスプレイサイズの適切さ、視認性と操作性に優れたUIデザイン、美しいフォントレンダリング、反応速度の速さなど、多くの要因が挙げられるが、その根源にあるのは「価値観の統一」だろう。

 すべての操作を“指でタッチする”ことで実現する──。iPhoneはそれを前提にハードウェアとソフトウェアが作られており、人が触れる“デジタルの感触はどう在るべきか”という深い考察がプロダクト全体を貫いている。特に着目すべきはアニメーション処理の部分であり、スクロールやタップ/ダブルタップによる拡大・縮小の動きは極めて人間的なフィーリングだ。機能を十全すればよい、というだけの考察なきUIでは、この自然な動きは実現できないだろう。

 iPhoneのUIをHT1100のTouchFLOと比較すると、その差はよく分かる。

 TouchFLOもこれまでのタッチパネルUIからすれば、革新的といってもいいほど出来映えはよい。しかし、指での操作を前提にメーカー独自で作り込まれた部分以外では、Windows Mobile特有の「使いにくいタッチパネルUI」が顔を出す。スタイラスとハードウェアボタンの補助なしでは使いにくく、それがタッチパネルUIの完成度と革新性を損なってしまっている。また、所々に見られたアニメーション処理のぎこちなさや、見にくいフォントにもマイナスの印象を受けた。

 総じて言えば、TouchFLOのコンセプトはよいのだが、Windows MobileのUIをすべて覆い尽くせなかったところに課題がある。“指で操作するタッチパネルUI”に価値観や操作性が統一されておらず、全体的に中途半端で使いにくい印象を受けるのだ。それが結果として、iPhoneとの大きな差になっている。

タッチパネルの憂鬱

 人が何かをしようとする時、“直接触る”のは最も自然な形である。それは乳児期の子どもが、口唇期の次のステップで、外界に手で触ろうとすることからも分かる。

 これまで私たちは、キーボードやマウスなど意思を仮想化するデバイスを通じてデジタルの世界に触れてきた。携帯電話などのモバイル機器も、キーボードやカーソルキーという仮想化デバイス越しに触れてきたに過ぎない。しかし、今後現実社会とネットが重なり合う中で、より多くの人が自然な形で、デジタルのコンテンツやサービスに接触できるUIが必要である。その1つの答えが“触れるUI”すなわちタッチパネルである。AppleはiPhoneに続いて「iPod Touch」でも、この新たなUIを市場に投入しており、Microsoftも将来のUI環境として「Surface」を提唱している。今後、タッチパネル関連のデバイスやソフトウェア技術は、急速に発展するだろう。

 しかし、キーボードやマウスよりも人間の感性に近いタッチパネルUIには、大きな落とし穴もある。それは最初から高い完成度が求められる、ということである。人間の感性において自然なフィーリングが得られるか。プロダクト全体でUIの価値観と操作感が完全に統一されているかが重要になる。音声認識技術と同じく、人間に近いタッチパネルUIは、いつも完璧を求められる憂鬱を抱えている。

 iPhoneはそのタッチパネルの憂鬱を乗り越えて、初めて普通の人に使ってもらえるタッチパネルUIを実現した。だが、それでも完璧ではない。例えば、WebブラウザやGoogle Mapのスクロール状態で、指の少しの動きにも過敏に反応しすぎるところは改善の余地ありだ。ここはもっと“遊び”があってもいい。キー入力や基本的なタップ操作部分、初心者ユーザーのアシストなどにも改善を期待したい場所は多くある。

 筆者は、iPhoneは本格的なタッチパネルUI、携帯電話が進化する1つの方向性における「スタートライン」だと感じている。今後、iPhoneはもちろん、Apple以外の多くのメーカーがこの方向性に参加することで、この分野は大きく発展するだろう。

 タッチパネルUIを活用したモバイル機器は、将来、デジタルライフスタイルや法人向け携帯電話ソリューションの重要なピースとなり、新たな市場を作る可能性が高い。日本のキャリアとメーカーが、この分野に乗り遅れないことを強く願いたい。

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