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» 2007年08月13日 13時45分 公開

第11回 iPhoneから新世代ケータイのセンスを探る小牟田啓博のD-room

数々の端末を世に送り出してきたデザインプロデューサーの小牟田啓博氏が、日常で感じたこと、経験したことを書き綴る「小牟田啓博のD-room」。6月29日に米国で発売された「iPhone」は、シンプルな外見や大型タッチパネルによるデザイン効果が話題を呼んでいる。Appleのモノ作りを小牟田氏が探った。

[小牟田啓博,ITmedia]

 こんにちは。小牟田です。噂の「iPhone」が、ついにアメリカで発売されましたね。

 今回はこのiPhoneについて、話題になっているインタフェースやデザインを中心に、実機を手に取って感じたことをお話ししたいと思います。

“iPhoneをパッケージから取り出す”という儀式にも演出が

 まず最初のiPhone効果は、ショップで実機を購入した直後から始まります。iPhoneをパッケージから取り出すまでの期待感を味わうことになるからです。

 ケータイのパッケージと言えば、目新しさのないボール紙で作られている場合が一般的です。このパッケージからケータイ本体を取り出すことになるわけですが、ご存知のようにこのボール紙でできたパッケージは流通の都合のみが優先されてデザインされているように思えます。

 それに対してiPhoneはコンパクトでシンプルにまとめられたパッケージで、デザインのまとまり感もいい。この開封がとても楽しい儀式として演出されています。これはApple製品全般に言えることで、ドキドキ、ワクワク感の演出とも取れる、センスよくデザインされたパッケージが、製品を買ってきて家で開封するときの気分を盛り上げてくれます。 ところが国内でケータイを買う場合、新規登録を行うために購入者本人より先にショップ店員がパッケージから本体を取り出してしまいますよね。日本では回線契約の手続きをして端末を受け取るというスタンスですが、iPhoneの場合、端末の購入後に回線手続きという流れなので、一般的な家電製品と同じように購入者がこの開封を行うことになるのです。

 さらにパッケージの中には、いわゆるケータイのマニュアルらしいものが見当たりません。これはiPhoneを買う顧客はPC環境がそろっていることが前提……という発想からだと思います。でも、これによって“買ってきてすぐに使える感”がしっかりと伝わってきます。

 実はケータイのマニュアルって、ほとんど読まれないにも関わらず印刷部数は数十万部から数百万部に上るという隠れたミリオンセラー的な、ちょっと皮肉な事実があるのです。

 いよいよiPhoneを手に取った印象です。「iPod」を少し大きくして、少し重たくしたような印象を受けました。ブラックの前面にシルバーの背面。フェイスのブラックは液晶ディスプレイの色を見やすく引き立たせる効果があります。さらに、液晶が点灯していないときの黒がなじむようデザインされています。

 それに対して側面から背面までワンモーションで回り込むシルバーの筐体は、パーティングライン(パーツの継ぎ目)や余計な段差がないためにハンドリングがとても良好です。この部品はアルミニウムにブラスト処理(梨地処理)を掛けたしっとりと落ち着いたデザインに仕上がっています。

 前面下部には1つだけ丸いキーがあって、側面に上下スクロールのキーとスライドキーが付いています。天面は電源キーがあるだけの非常にシンプルな作りです。

 前部を覆うクリアなパネルは、通常使用されるアクリルやポリカーボネートといった樹脂素材ではなく、強化ガラスが採用されているのではないかと思います。材質については、いずれメーカーのエンジニアの方々が分解して検証してくれるでしょうから、それまで待ちたいと思います。

 ケータイやデジカメにアルミが採用される場合、大抵プレス加工をしたものが採用されています。しかし、iPhoneのアルミ筐体はプレス加工の限界を超えた側面形状をしているので、切削加工(削り出し)が採用されているとも想像できます。

 これらの処理は、工業生産上の効率やコストの面から考えにくい、非常に手間のかかる加工方法ですから、真偽のほどは分かりかねますが……。これもいずれどこかで誰かが解き明かしてくれるでしょう。

 一般的にAppleの製品といえば白やシルバーなどの明るい落ち着いたイメージがあるにもかかわらず、今回のiPhoneはブラック&シルバーの取り合わせです。これは、そのモノのデザインを、理屈と造形、そしてボディーカラーのすべてで究極まで突き詰めた1つの回答といえるのではないでしょうか。

たった1つのキーが違和感をなくし使いやすさを向上

 次に話題の、そして気になるインタフェースについて触れてみましょう。

 まずその大きな3.5インチタッチパネルディスプレイに目を奪われます。この大型ディスプレイに指を触れることでiPhoneを操作します。

 でも、操作のすべてをタッチ操作で完結しているのではなく、前の画面に戻りたいときや、メインメニュー画面に飛びたいときなど、要所要所で正面下部にあるキーを併用します。

 実はたった1つのこのキーがあることで、とてもユーザーフレンドリーな感覚を得ることができるのです。人のイメージは我々が思っている以上に想像力があって、ひとたびアクセスを開始すると頭の中のイメージでは階層構造に入り込んでいきます。

 イメージの中であれこれと操作をしていて、それを無意識に手が動作としてこなしている。この一連の動きに違和感なく追従してくれるデバイスは、“使いやすい”と評され、そうでないと“使いづらい”と烙印を押されてしまうのです。

 iPhoneの場合、イメージで操作を進めるとき、時折前面のキーを押すことでデバイスにアクセスしている空想イメージの世界と、具体的な操作をしている現実の世界を行ったり来たりしてバランスを取りながら作業をしていることになります。

 さらに、ちょっとしたアナログ的な感覚の心にくい演出表現を、ところどころに見ることができます。たとえば縦方向のリスト画面をスクロールするときには、指で画面を縦方向になぞって操作をするのですが、上下にそれぞれリストの終わりがあります。iPhoneではこの終わり部分を越えてユーザーの指がスクロール指示をした場合、指の動きを優先させて画面を一度リストの終わりを越えてスクロールさせ、指を離すとリストがスッと戻る動きを表示します。

 この感覚によって、デジタルよりもヒトの操作を優先させたイメージとして違和感なく使うことができるのです。この表現によって感覚的なプロダクトとヒトとの距離を自然なものにしています。

 また不要なデータを削除するときには、削除データをゴミ箱に捨てるという作業を行いますが、その表現をゴミ箱のフタが開いて、その中にデータがギューッと吸い込まれていくようなアニメーションにしているのがとても面白く感じました。

 これらのインタフェース表現は“ゆとり感覚”とでも言ったらいいでしょうか。これはAppleのインタフェースに見られる、昔から一貫したものです。こういったアクションを大切に作り込むあたりのセンスは、見事としか言いようがありませんよね。

 ゆとり感覚といえば、着信音にも同じことが当てはまります。着うたが一般的になった日本のケータイ環境では、ケータイからは歌が流れるものと思っている風潮があります。しかし、iPhoneではメロディー的なものは用意されていないようです。

 たとえば、Doorbell、Duck、Motorcycle、Pinball、Robot……など、着メロ、着うたを当たり前に思っていた環境からすると、“こんなんでいいんだよな!”という目から鱗の安心感とセンスのバランス感を感じました。

Appleの一貫した製品バランスの良さがiPhoneを生んだ

 こうしてiPhoneにじかに触れて感じたのは“非常にニュートラル”であるということです。“これでいいんだ!”とプロダクトに対して強く思わせてくれました。

 Appleのプロダクト全般に見られる一貫した製品バランスの良さが、世界中の多くのユーザーに期待を抱かせているのでしょうし、世界中で騒がれているということなのだろうと思います。iPhoneは広く多くの人たちに使ってほしいという願いが込められたデバイスなのであって、決して一部のマニアやリテラシーの高い特定の人だけのモノではないということです。

 Appleの筐体デザインやインタフェースデザイン、モノ作りの思想を見てみると、なにもこのiPhoneで突然生まれた特別なものではなくて、脈々と進化し続けてきたAppleのモノ作りに対するこだわりが見えてきます。

 その1つとして先にお話しした、ゴミ箱のインタフェースを始めとする“ゆとり感覚”は、一昔前に登場した「Newton MessagePad」で既に採用されていたものです。またAppleの歴史は、プロダクトデザインの歴史であるとも言えます。このあたりを少しさかのぼって見てみましょう。

 Apple Computer(当時)の事実上の量産初号機はAppleIIでした。このAppleIIの筐体デザインを手がけたジェリー・マノック氏が同社プロダクトデザインの源流を作り、今も色あせないシンプルで完成されたデザインの歴史的な一体型PCであるMacintosh(Mac)へとつながっていきます。

 その後、ドイツからハートムート・エスリンガー氏が参画し、スノーホワイトデザインを確立。清潔でセンスの良い一般コンシューマー向けPCはこのスノーホワイトデザインによって確立されたと言っていいでしょう。

 エスリンガー氏のデザインコンサルティング会社は、後に有名なfrog designへと進化することとなります。このfrog designが世界をリードするAppleデザインのポジションを不動のものにまで押し上げたのです。

 このあたりからPCがパーソナルな機器として、ヒトの生活に密着しはじめます。それからしばらくすると、一時停滞しかけたApple Computerですが、社内デザイナーのジョナサン・アイブ氏が手がけたiMacでは、トランスルーセント(スケルトン)ボディーを採用して、デザイン業界の物議を醸し出すも“新たなトライをする企業”という印象を大きくアピールすることとなりました。

 ビジネス面でも、このiMacの登場によって大きく業績を回復したと聞いています。その後、アイブ氏はiBookやPower Macintosh G3、G4、Mac Proと続々とデザインを進化させていき、Apple Computerの副社長にまでなっていきます。ちなみにこのiMacは、今のAppleデザインの印象からするとずいぶんファニーなデザインに見えますね。

 G3からG4、Mac ProとiMacのテイストがベースとされつつも、徐々にですがシンプル路線にチェンジしていきます。ノートPCも同様、アルミニウムを使ったシルバーや白一色、あるいは黒一色を基調としたミニマルなデザインを採用し続けています。こうしたシンプルでミニマルなデザインの進化の中で、ご存知iPodが生まれてくることになるのです。

 今から5年ほど前でしょうか、そんなシンプル路線のデザインを展開していて、iPodの登場する少し前くらいだったと思います。「Appleがケータイを作りたいと企んでいる」というかなりリアリティーのある噂が、リアリティーのある筋からの情報を元に、デザイン業界で話題になり始めていました。

 ちょうど僕がau(KDDI)で「INFOBAR」の開発に着手して間もないころだったでしょうか。それからほどなくしてiPodが登場してきましたから、僕としてはiPhoneの登場までの道筋は何となくですが見えていました。このiPodの存在というのは、いろいろな意味で今のiPhoneにつながってきますよね。

 このiPhoneの通信部分のパフォーマンスは、市場が3Gメインなのに対して2G(GSM)ですから、そのスペックからするとたいしたことはありません。ただ、感覚的なセンスの部分とデザインや妥協のないモノ作りのおかげで、普通に使う分にはこれでいいんだと思わせるバランスのよい完成度になっています。

 もちろん、ハードとしてもインタフェースとしても課題はいくつか見受けられます。けれども、それは今後の進化に期待したくなるまでの世界観にしっかりと到達していて、そのメッセージが確実に伝わってきます。今後の進化の余地が期待感となっているわけです。

 このトータルバランスのセンスは、我々モノ作りの現場にいる者としてはしっかり受け止めて、学び取る必要があると思うのです。そんなモノ作りの切磋琢磨、技術に裏付けされた進歩が僕らの生活レベルを楽しく向上させてくれます。

 Appleによる世界一級のセンスの良いモノ作り、さすがですね。

関連キーワード

iPhone | iPod | Apple | INFOBAR


PROFILE 小牟田啓博(こむたよしひろ)

1991年カシオ計算機デザインセンター入社。2001年KDDIに移籍し、「au design project」を立ち上げ、デザインディレクションを通じて同社の携帯電話事業に貢献。2006年幅広い領域に対するデザイン・ブランドコンサルティングの実現を目指してKom&Co.を設立。日々の出来事をつづったブログ小牟田啓博の「日々是好日」も公開中。国立京都工芸繊維大学特任准教授。


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