―― ARROWSといえば日本のユーザーにとってはハイスペックなブランドですが、海外市場への道は、らくらくスマホが切り拓く結果となりました。
松村氏 富士通という会社の本質は高機能・高付加価値だと思います。スーパーコンピューターなどを手がけていますから。日本のARROWSブランドはそうした面を生かしていますね。ただ女性向けや子供向けモデルもありますし、もちろんらくらくシリーズもあります。
ただ市場環境はどんどん変化していきますから、常にこちらの望み通りにビジネスはできません。変化に合わせてビジネスをしていくには、ある意味で見切りを付けることも必要になります。売れるブランドを浸透させて、市場でシェアを確保する必要がありますから。
―― 海外でもユニバーサル端末が選ばれるということは、それだけ高齢化が進んでいるのでしょうか?
松村氏 地域差はありますが、先進国だと少子高齢化が進んでいます。特に欧州は携帯電話がすでに普及していて、親子が離れて暮らす場合が多い。らくらくスマホをフランスで売るのはこうした背景があります。
もちろん、全世界でみると開発途上国では人口が増えていて、携帯電話やスマートフォン市場が拡大している地域もあります。もちろん途上国の事業者にも興味を持ってもらいましたが、人口構成が変わるのはまだ先かなと。私も「なんでフランス?」と聞かれましたが、らくらく系は成熟市場向けというか、普通のグローバルビジネスとたどる道筋が違うなと思いますね。
―― 市場に携帯電話が普及しているかどうかも影響するわけですね。
松村氏 自分もそうですが、フィーチャーフォンからスマートフォンに移行して、またフィーチャーフォンに戻るのはちょっと難しい。でも加齢は進むわけで、使いやすいスマートフォンのニーズは必ず高くなります。
らくらくホンは、携帯電話は持ったことがない、メールも使ったことがないという人向けに開発したものです。本当は(フィーチャーフォンの)らくらくホンも途上国などの成長市場に出したいのですが、すでにプレーヤーがたくさんいる。と同時に、あまりに高機能すぎても価格競争が難しいし、ユーザーもそこまで高機能な端末は求めていません。通話とSMSで十分というユーザーが多いですから。
―― 富士通のスマートフォンといえば、ヒューマンセントリックエンジンの存在が欠かせません。らくらくスマホをきっかけに、同じく高度なセンシング技術を用いるARROWSシリーズの世界展開も考えられるのでしょうか。
松村氏 スマホはOSやチップセット、ディスプレイサイズ、カメラのスペックでの違いが出しにくい。あとはブランド投資がありますが、それよりは技術的に裏付けされた差別化がもっと重要です。ですから今後は、ヒューマンセントリックエンジンへの開発投資はスマホ開発費の半分を占めると思います。
ヒューマンセントリックエンジンはユニバーサル端末を開発する経緯で誕生した技術ですが、今や他社の製品との違いを示すビジュアル的なシンボルにもなりました。最近のiPhoneやGALAXYのCMは、センシングによる使いやすさを新機能として打ち出しています。
それを見てヒューマンセントリックエンジンへの取り組みが間違ってないと感じましたね。通話時のノイズキャンセルなどは以前から搭載していますが、ほかのスマホでも採用が相次いでいます。富士通がやってきたことをあらためて世に広めてくれて、「ありがとう」という気持ちです。
スマホの2大メジャーが(センサー活用を)始めたということは、相当なマーケティング調査の結果によるものでしょう。しかし富士通は、15年以上かけて3ケタ億円以上の投資を行ってきまし。一朝一夕ではまねできないものを蓄積しています。これからはこの経験の差が、競争力の源泉になる。今振り返れば、らくらくホンの存在がなければ富士通はスマートフォンで勝負できなかったと思います。
―― スマートフォン、特にオープンプラットフォームのAndroidは端末開発がしやすいと言われています。その分、開発コストをヒューマンセントリックエンジンに振り分けているのでしょうか。
松村氏 Windowsならそういった面はありますが、Androidなら見解が異なります。というのも、あまりに頻繁に行われるバージョンアップと不安定さ、そしてバグと仕様をどう判断して区別するかなど、品質を安定させるまでの労力はフィーチャーフォン以上です。フィーチャーフォンならOSにも手を入れることができましたから。
例えばですが、Androidの世界にLinuxのディストリビューターのような存在が出てくれば環境が変わるかもしれません。ハードがこの組み合わせなら、このバージョンは確実に動きます、このバージョンはこの部分が不安定になります――という検証をしてくれる存在です。
―― Androidだから開発しやすいということはないわけですね。
松村氏 残念ながら違います。OSの安定性についてはメーカーで1つ1つ調べていますが、たまにユーザーにご迷惑をおかけすることがあります。ただ、OSの安定性を丁寧に確認していくのは、スマートフォンメーカーが生き残るのに大切な要素だと思いますね。
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