インタビュー
» 2019年02月20日 06時00分 公開

元FREETEL増田薫社長が語る「経営破綻の理由」と「変態スマホへの思い」 (1/3)

端末メーカー、MVNOのプラスワン・マーケティングが2017年に破綻。社長の増田薫氏は自己破産を申請し、表舞台から姿を消した。その増田氏が、TAKUMI JAPANとして事業を再開。経営破綻の反省をどう生かし、今後どのような方向に進んでいくのか?

[石野純也,ITmedia]

 スマホ端末メーカー、MVNOとして急成長を遂げたFREETELとその運営元だったプラスワン・マーケティング(POM)だが、2017年には過当競争のあおりを受ける形で、経営が破綻。MVNOは楽天に、端末はMAYA SYSTEMにと事業が2つに分割され、それぞれの会社に継承された。POMの創業者で代表取締役社長を務めた増田薫氏も自己破産を申請し、表舞台から姿を消した。

 その増田氏が、TAKUMI JAPANとして事業を再開。第1弾の端末として、携帯型翻訳機の「KAZUNA eTalk 5」を発売した。同氏によると、今後は携帯電話端末の開発も行う予定。文字通り裸一貫の状態から事業を起こし、再起を狙う。POMの破綻からは多くのことを学んだという増田氏だが、TAKUMI JAPANにもその反省が生かされているという。同社は今後、どのような方向に進んでいくのか。増田氏を直撃した。

増田薫 増田薫氏

プラスワン破綻の理由は「経営力のなさに尽きる」

―― 表舞台に立ったのは、POM社の経営破綻から約1年ぶりだと思います。最初に、なぜPOMはつぶれてしまったのでしょうか。その真相を教えてください。

増田氏 僕の経営力のなさに尽きます。会社をつぶすというのは、社長が絶対的に悪い。ただ、環境が変わったというのもあると思います。17年頭ぐらいから、Y!mobileさんなどのサブブランドがガーっと攻勢をかけてきたことで、MVNOの置かれている環境は大きく変わりました。一方で、(POMの)ビジネスモデルはキャッシュフローをどんと使ってユーザーを増やし、ストックビジネスで収益を上げるというものでした。そこがいいところまで行ってしまい、引くに引けなかった。環境に合わせて戦略を変えるのが経営判断ですが、そこが弱かったと思います。

 そもそも、POMは全部自前でやるということで、サポートも含めて自社でやっていました。それはそれで悪いことではないと今でも思っていますが、その分、コスト増につながります。そういう点も含め、高コスト体質だったというのも大きいと思っています。そこまですることでユーザーからの信頼を得て、1人でも多くの方に(FREETELに)入っていただこうと思っていましたが、その見極めが甘かったですね。

―― 実際、事業継承時の収益を見てみると、通信事業が大きな赤字でした。通信事業に手を出したのが失敗の原因だったというお考えですか。

増田氏 ハードウェアだけでは、ああなってはいませんでした。もともと、FREETELはまだSIMフリー端末がほとんどなかったころに端末事業を始めていますが、DELLに在籍していたときから、海外でMVNOが進んでいるということは知っていました。ハードと通信の両方をやるからこそできることもある。一緒にやることで、ソリューションの提案もできます。ですから、両方やるということにはこだわりがありました。

―― 一方で、通信事業に関しては端末以上に競合が多いと思います。

増田氏 しかも、MNOまで含めるといわゆる日本のトップ企業が多いですからね。その中で真正面から戦ってしまったのは失敗だったと思います。

―― その後、増田さんご自身も自己破産したとうかがいました。この1年間、何をされていたのでしょうか。

増田氏 いくつかの場面に分かれます。最初は、株主の方、債権者の方、ユーザーにとにかくご迷惑をおかけしたので、再生手続きを粛々と進めました。幸いだったのは、楽天さんに通信事業を売却でき、サポートを含めたブランドもMAYA SYSTEMさんに引き継いでもらえたことです。民事再生から端末事業の譲渡までは時間が空いていたので、破談になってしまったら大変でしたが、そこは不幸中の幸いです。ユーザーの通信が突然つながらなくなってしまったり、端末のサポートがなくなったりしなかったのはよかったと思います。

 株主や債権者の方々には期待を裏切り、ご迷惑をおかけしてしまったので、当初は土下座の日々でした。スーツの膝に穴が開いてしまったほどで、あれからスーツも買っていないので、実は(1月の)発表会のときも穴が開いたままでした。個人保証もしていたので、内容証明も毎日のように届きます。お金をどこかに隠していると思っている方が多かったのかもしれません。「とっ捕まえろ」と言っている方もいるとのウワサを耳にして、家から出られませんでした。これが、最初の3、4カ月のお話です。

キャッシュフローが回り、翻訳機を4カ月で発売に

―― そこから、どのように状況が変わったのでしょうか。

増田氏 昨年(2018年)の夏ぐらいに、2つの意味で転機がありました。1つ目は欧米キャリアから連絡があったことです。POM社のときから仲良くしていたところから声がかかりました。そのころ、「ちょっとこっちに来ないか?」と言われたので、お金をかき集めて行ってみることにしました。

 そこで、携帯電話の端末を作ってみないかと打診されました。「KAZUNA」という名前も、その会社の方が付けたものです。

 ちょうどそのころ、自己破産の処理が決まりました。あの会社には人生を全部ぶっこんでいたので、民事再生したときに自分の銀行口座に入っていたお金は50万円ぐらいしかありませんでした。お金を隠しているのではないかということで、過去何年分かの銀行口座のお金の流れを全部打ち込み、何に使ったかをリストにして債権者に提出するのですが、そこで1円も使い込んでいないことも分かってもらえました。

 その後、頻繁に海外(話のあったキャリアの元)に行かなければならなかったのですが、お金がない。親族から借りたり、コンサルタントの仕事でいただいたりしたお金で海外に行き、何度かお話しているうちに採用の話も進んでいきました。

 一方で、日本にはインバウンドのニーズがあります。会社として何か盛り上げられることはないのか。翻訳機自体は何年も前から日本にあり、興味を持っていましたし、(Androidベースの端末でスマートフォンに近いので)作り方も分かっていました。市場を見たら、出ているのは音声だけのもので、しかもけっこう高い。もっと作り方があるんじゃないかと思い、開発を真剣にやり始めたのが8月ぐらいのことです。

増田薫 TAKUMI JAPAN製品のブランドとして名付けたのが「KAZUNA」。その第1弾製品として、モバイル通信機能搭載の翻訳デバイス「eTalk 5」を2018年12月に発売した
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