KDDIはコロナ禍を機として企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させるべく、東京・虎ノ門に法人部門を移転し自ら働き方のDXに取り組むなど、積極的な動きを見せているようだ。そのKDDIの5Gビジネスに関する取り組みの現状について、ソリューション事業本部 サービス企画開発本部 5G・IoTサービス企画部 部長の野口一宙氏に話を聞いた。
携帯大手3社の中でも、5Gが低調なスタートを切ったことに最も危機感を募らせているのがKDDIだ。同社の高橋誠社長は、2020年7月の決算説明会において、コロナ禍によるショップの営業時間を短縮したことなどで5G端末の販売も伸び悩んだことを受け、「少々焦りを感じている」と普及への危機感をにじませている。
だが一方で、コロナ禍は企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させていることから、5Gのネットワークを持つキャリアにとっては大きなビジネス機会となることも確かだろう。実際、KDDIは2020年7月に、東京・虎ノ門に法人事業の新しい拠点を開設、自ら働き方のDXを推進することで、企業の新しい働き方に対応するビジネスの拡大を推し進めようとしている。
では、KDDIの5Gビジネスは、現在どのような状況になっているのだろうか。野口氏によると、コロナ禍で一部顧客の取り組みに遅れは出たというが、それでもDXの重要性の認識は変わっていないことから大きな影響は出ていないという。
具体的な取り組みはというと、現在は5Gの高速大容量通信を生かし、AI技術を活用した画像解析の活用が典型的なものになっているとのこと。それによって、コロナ禍以前より叫ばれていた労働人口の減少や、それに伴う熟練工の高齢化による技術継承の問題などの解消に取り組む企業が多いという。
また野口氏によると、これら取り組みの多くはソフトバンクが打ち出す「プライベート5G」に近い形、つまり特定企業の敷地内にKDDIが免許を保有する周波数帯を用いてネットワークを整備しているとのこと。ソフトバンクはプライベート5Gをスタンドアロン(SA)運用以降に進めるとしているが、KDDIでは現状のノンスタンドアロン(NSA)運用の時点で、既に同様の取り組みを進めているのだそうだ。
ただ、特定の企業の敷地だけに5Gのネットワークを敷くとなると、それなりのコストもかかり、通信料だけで元を取るのは難しいように思える。そうしたことからKDDIではIoTのビジネスと同じように、回線だけでお金を取るのではなく、クラウドやサービス、デバイスも含めたソリューションとして提供し、対価を得ることを重視しているのだそうだ。
AI技術を活用した画像解析ソリューションは4G時代から提供されているが、5Gで大きく変わったのがクラウドを活用できるようになったことだと野口氏は話す。4G時代はカメラと同じ場所に高性能なコンピュータを設置し、そこで処理した上でネットワークに送っていたが、それを多拠点に展開するとなると場所の確保やコスト、そしてメンテナンスにかかる手間が大きくなってしまうなどの課題が出てくる。
だが5Gの高速大容量通信を生かせば、画像や映像を高速でクラウドに伝送し、高性能なクラウド上でAI処理を一括でこなせることから、一連の課題を一気に解消できる。またクラウド化によって画像解析とXRやドローンなどの新しい技術を組み合わせることも可能になることから、KDDIはセコムと、スマートドローンとAIによる画像解析を組み合わせた警備の実証実験などにも取り組んでいる。
そしてもう1つ、クラウドと5Gという観点で今後重要になってくるのがモバイルエッジコンピューティング(MEC)だと野口氏は話す。クラウドに多くの処理が集まると、クラウド側の処理時間が増えることでネットワークの遅延が大きくなってしまうため、特に映像を活用したソリューションでは遅延が大きな問題となってきてしまう。
そこで端末に近い場所で一部の処理をすることにより、クラウドの負担を減らして遅延を抑えるMECが5Gの利活用を進める上で重要になってくるというのだ。そしてKDDIがMECを実現する上で重要だと考えているのがパブリッククラウドの活用であり、実際KDDIは2019年12月に、クラウドサービス大手のAmazon Web Services(AWS)と、「AWS Wavelength」を活用したMEC環境の構築を進めることを発表している。
なぜAWSとの連携に至ったのか。クラウドとMECとで環境が異なると、移行や連携にかかる手間が大きくなってしまうことから、使い慣れたAWSのAPIなどをそのまま活用して、MECの環境を構築できるようにするのが目的だと野口氏は話す。そのため、KDDIとしてもさまざまなクラウドを利用する顧客にサービスに対応できるよう、AWS以外のパブリッククラウドサービスとの連携も「検討している」(野口氏)とのこと。
一方で画像解析以外の取り組み、より具体的には遠隔制御系のソリューションに関しては、特にエリア面での環境が整わないと実現は難しく、「最初に画像解析が出てきているのは必然」だと野口氏は話す。エリアに加えクラウドやMECの環境が整備されることで、徐々に遠隔制御に対するニーズも高まってくるとKDDIは考えているようだ。
さらに消費者が5Gのエリアが広がっていることを実感できるようになれば、遠隔制御だけでなくテレワークにも5Gの活用が広がってくると野口氏は期待を寄せる。テレワークはコロナ禍によってニーズが急速に高まっており、KDDIも2020年7月に、さまざまな環境にある企業のテレワークを推進する「ハイブリッド・ゼロトラストソリューション」の提案を進めると打ち出しているが、野口氏はDXを進める上で今後テレワークへの対応が欠かせないものになってくるとみている。
例えば従来の製造業におけるDXは、工場内の映像やセンサーの状況を、同じ工場内にあるモニターで監視することが前提となっていた。だがテレワークによる働き方を前提とした場合、従業員が工場に行くことなく、自宅などからリモートで監視できる環境が求められる。そのため「工場のセンサーだけでなく人の環境整備も重要」(野口氏)であり、今後顧客にそうした提案をする必要が出てくると考えているようだ。
またさらにその先、つまりエリア整備にめどが立って5Gの実力をフルに発揮できるSA運用に移行した後は、「5Gらしい世界が体感できる時代になる」と野口氏は期待を寄せる。特に法人ビジネスにおいては、コアネットワークを仮想的に分割する「ネットワークスライシング」によって特定の顧客やアプリに限定されたプライベート網に接続しやすくなり、モバイルでいつでも社内ネットワークに簡単にアクセスできる環境が整うのではないかと野口氏は考える。
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