セキュリティ強化と利便性向上は、ときにトレードオフの関係になることがあるが、ドコモは前者に力点を置きがちだ。また、2020年に発生し、社会問題化した“ドコモ口座事件”が、守りを鉄壁に固める引き金になってしまった側面もある。当時ドコモには在籍していなかった西井氏だが、社内では「その話が大きかったと聞いている」と語る。ドコモ口座とは、d払い残高の前身的なサービス。ここに他のユーザーの銀行口座が不正に接続され、d払いを通じて決済されてしまった。
どちらかといえば、銀行口座を接続するための認証の緩さが原因だが、ドコモ側の本人確認も甘く、メールアドレスだけで複数のアカウントを簡単に作れるところにも遠因があった。とはいえ、「dアカウントを作っているのは利便性を求めているから」。他社の決済サービスと比べ、使い勝手が劣っている状態だと、いくらマーケティングを統合しても限界がある。「今ある強みを出していくのと、なかなできていないことをやる」と語る西井氏だが、現状のd払いは、後者のサービスといえる。
また、同氏が「金融との連携も重要だと思っている」と語るが、この点も銀行を持たないドコモの弱点だ。いくら決済サービスが充実していても、最終的にお金を払うための銀行がないと、どうしても使い勝手が落ちてしまう。2022年12月には、三菱UFJ銀行のAPIを活用する形で、デジタル口座サービスの「dスマートバンク」を開始し、ドコモの回線利用料やdカードの引き落とし口座への設定は簡単になったが、d払いとの連携はこれからだ。こうしたサービスとの連携も、「統合してやっていく必要がある」という。
競合他社を見ると、例えばソフトバンクは、コード決済のPayPayが強く、PayPay銀行もあり、連携が取れている半面、PayPayカードの契約数はドコモに及んでいない。また、Tポイントとの連携が外れてしまい、共通ポイントプログラムがないのも弱点といえる。KDDIは、auフィナンシャルホールディングス傘下にauじぶん銀行があり、au PAYとの連携も進んでいる。2020年にPontaポイントを採用したことで共通ポイントの基盤も強化できたが、ドコモや楽天グループとは異なり、自社のサービスではない点が弱みといえるかもしれない。
楽天グループは、楽天銀行、楽天ペイ、楽天ポイントなどがあり、金融・決済サービスでは他社をリードしている一方で、本格参入から日が浅いこともあり、モバイルの回線数は大手3社と桁が1つ違う。本業が通信事業者だったドコモ、KDDI、ソフトバンクが金融・決済やポイントを強化しているのとは、ベクトルが真逆だ。
これに対し、ドコモは回線数が国内トップで、クレジットカード事業が強く、dポイントの会員基盤も楽天に肉薄しつつある。このような強みをきちんとユーザーに伝えつつ、システム面で他社に及んでいないサービスの改善を社内に求めていくのが西井氏の役割だ。現時点ではキャンペーンなど、一部の施策にとどまっているが、同氏の就任がサービス改善の契機になることも期待したい。
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