前述のシナリオ5は、AirTagに内蔵されたNFCという通信技術で実現している。今ではiPhoneだけでなく、Android端末も多くのモデルに、このNFC通信が内蔵されているので、AirTagに数秒間スマートフォンをかざすと、そのAirTagのシリアル番号にひもづいたページが現れる。そこに紛失モードで設定した電話番号やメッセージが表示される、といった仕組みだ。
AirTagの大きな強みを見せているのが、シナリオ4のケースである。
いったん「紛失モード」を設定すると、AirTagの捜索は他力本願になる。自分のiPhoneでは見つけられないので、世界に数十億台ある他の人のApple製品を使って探してもらうことになる。
AirTagは、Bluetoothの電波を使って発見できる。もし、紛失したバッグ(AirTag)の近くを見知らぬiPhoneユーザーが通りかかると、そのiPhoneが持ち主の知らぬ間に紛失モードのAirTagを発見した情報をAppleのサーバに送る。
すると、Appleのサーバが、紛失モードのAirTagが発見された旨をバッグの持ち主のiPhoneに通知し、地図で場所を教えてくれる。
ここで非常に大事なのが、伝わるのは「発見された」という情報と「発見された場所」の情報だけで、発見してくれたiPhoneの持ち主が誰であるかといったことは、AppleにもAirTagを探していた人にも分からないことだ。プライバシーの侵害は一切行われていない。
もちろん、持ち主のiPhoneのバッテリーへの影響もほとんどない。一方で発見してくれた持ち主も、まさか裏で自分のiPhoneが人助けをしていた、といったことは一切分からない。
知らず知らずの間に人に助けられ、知らず知らずの内に人を助けている。そんな不思議な技術が、Appleが生み出した世界規模の巨大な「探すネットワーク」だ。
この技術が使われるのは今回が初めてではなく、最初はiPhoneを探す技術として開発され、その後、Macを含む他のApple製品に広がり、2021年4月にはAppleから「Works with Find My」というライセンスを受けた自転車やワイヤレスヘッドフォンなど他社製品も発表された。Chipoloからは、正式にAppleの認可を受けたAirTagの類似製品「Chipolo One Spot」もあり、1つのタグを複数ユーザーで共有するといった独自の強みを提供している。
先に述べた、発見者が誰かも分からなければ、捜索と発見が行われていたことも他の誰にも分からないという仕組みは、Appleが繰り返し強調しているプライバシーへの配慮の姿勢の表れだ。プライバシーの危機を想定し、防ぐ配慮はここだけに止まらない。
実はAirTagに似た紛失防止タグは、これまでにも他の会社から発売されていた。捜査網もAppleの「探すネットワーク」の規模にはおよばないものの、似たような仕組みが使われた製品もあった。
ここで問題として指摘されていたのが、紛失防止タグをストーカー行為などに悪用するケースだ。製品によっては、AirTagよりもかなり小さくて目立たない紛失防止タグもある。こういったものを使えば、街で見かけた有名人のバッグなどに仕込んで生活圏を特定するといった利用法も、実はできてしまうのではという問題が最近になって指摘され始め、先行して同様の製品を作っていたメーカーの中には、あわててその対策に取り組んだところもある。
AirTagはこうした点にも配慮が行き届いており、いくつもの工夫が施されている。
例えば知らず知らずの間に、自分のものではないAirTagが長時間、自分と一緒に同じ場所を移動している(つまり、自分の持ち物の中に、他の人のAirTagが忍び込んでいる可能性がある)と、その旨をiPhoneに通知で知らせてくれる。怪しいなと思ったら、その他の人のAirTagの音を鳴らして、どこにAirTagがあるかを確認でき、バッテリーを抜いて無効化する方法などが表示される。
では、追跡されている人がiPhoneユーザーでない場合はどうなるのだろうか。その場合も、しばらく持ち主から離れたままの状態のAirTagがあると、たまに音を鳴らして、その存在を周囲の人に知らせてくれる機能がついている。
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