続いて、人々の生活の質に考えを巡らせて試作を繰り返してブラシュアップを続けてきたことが感じられる実例をいくつか紹介したい。
またしてもiOS 15、つまりiPhone用の機能だが「集中モード」という機能だ。今、我々の多くはスマートフォンで毎日、何十(人によっては何百)という通知が届く。もはや通知には反応しなくなったという人もいるかもしれないが、ミーティングの最中であろうが、人との食事中であろうが関係なく、通知が入る度にスマートフォンをのぞき込んでいる人も多い。
このような状況では、スマホ断ちでもしない限り腰を落ち着けて集中して仕事をすることもできなければ、アートや自然の素晴らしい体験を五感で楽しむこともできない。
実は今のiOSには、こうした通知を一時的に遮断する「Do Not Disturb」という機能がついているが、残念ながら日本語訳が「おやすみモード」となっており、寝る時に使う機能だと誤解している人が多い。
集中モードは、通知を一切遮断するこの「Do Not Disturb」以外にも、仕事の相手からの連絡だけは受け付ける「仕事中モード」、「プライベートな時間を楽しんでいるモード」、「就寝中」など通知に対する寛容度の異なるいくつかのモードを設定してロック画面から切り替えができるようになる機能だ。
いずれかの集中モードになっている時に、誰かがメッセージを送信しようとすると、相手のメッセージ送信画面に集中モードである旨が表示されるので、急用でなければメッセージ送信を控えることができる。ちなみに急用の場合は「それでも送る」というボタンを押して強制的にメッセージを送ることもできる。状態表示の技術仕様は公開されているので、今後、Facebook MessengerやLINEなどでも開発元が対応をしてくれれば同様の状態表示が行われるはずだ。
ちなみに「集中モード」を使うか否かに関わらず、気がつくとたくさんの通知がたまっていてロック画面を埋めていることがある。取引先からの重要なメールの通知が、スポーツの試合の結果から、震度2の地震の速報、既に止んだゲリラ豪雨といった通知に紛れていることもあるかもしれない。
このような時、有能な人間の秘書だったら「あなたの不在中に電話が何件ありました。1件は〜〜で急ぎのようです」といった具合に不在中に起きたことを優先順位をつけてまとめて知らせてくれるはずだ。実はAppleも1987年に製作した「Knowledge Navigator」というコンセプトビデオでそんな電子秘書がいる未来を提言している。
新しい通知センターは、そんな未来に一歩近づき、インテリジェンス機能による優先順位付きで「通知のサマリー(まとめ)」を表示してくれる。
精神衛生という観点で見ると、Apple Watchの新OS、watchOS 8では呼吸を整えて心を落ち着けるための「呼吸」アプリが「マインドフルネス」アプリに進化する。定期的にマインドフルネス瞑想(めいそう)を促すことで心と身体のつながりを取り戻そうという機能だ。
Appleが改善しようとしているのは、心の健康だけではない。もともとApple Watchは登場以来、肉体の健康を促進する数々の機能を搭載していた。秋に登場するwatchOS 8では、エクササイズの記録を行うワークアウトアプリが新たにピラティスと太極拳に対応する。また睡眠中の呼吸数も計測してくれる。
だが、それ以上に大きいのがヘルスケアのアプリに新たに「共有」タブが加わり、ヘルスケアに関するデータを家族、介護者、介護チームと共有できるようになったことだ。自分のヘルスケアデータとなるとなかなか客観的に見られないこともあるが、この機能で心配している家族を安心させたり、あるいはうっかり見逃していたりした健康上の問題を、家族の力で発見できたりすることがあるかもしれない。
ヘルスケアアプリで参照したデータについて議論をしたい時、「例えば最近、歩く歩数が少なくなっている」といった時に、そのデータをiMessageの会話で引用することもできる。
ちなみに米国では、これらのデータを医師と共有する機能も提供される。例えば心臓疾患を抱えている人が、かかりつけの医師にApple Watchが日常的に計測している心臓関係のデータを共有できるのだ。この連携は電子カルテベンダーとの協力で実現していて、既にCerner、Allscripts、athenahealth、cpsi、dr chrono、MEDITECH EXPANSEといった電子カルテベンダーが、この共有機能への対応を表明している。共有されるデータはしっかりとプライバシーが保護され、医師以外はAppleも含めてのぞくことができない仕様になっている。
もう1つ面白いのが、iPhoneに搭載された「歩行安定性」の診断だ。歩くスピードや歩数、歩幅や各ステップのタイミング、両足が同時に着地している頻度も計測する。実はこれらは歩行のバランスや安定性、脚の協調性が分かるそうで、これらの数値が良くなっているか悪くなっているかを意識することで転倒リスクを軽減できるという。指標の計測にはAppleが米国の医療機関と行い10万人が参加した「Apple Heart and Movement Study」というリサーチのデータが用いられている(この種のデータではこれまでで最大規模だ)。
歩行の安定性はヘルスケアアプリに「OK」や悪化しているといった情報が表示されるのに加え、急激に悪化した場合には通知も行われるという。
それだけではなく歩行を安定させるには、どのようなエクササイズをしたらいいかの指導のビデオも表示される、という凝った作りで、Appleが歩行リスクの軽減をどれだけ真剣に考えているかが伺える。
トレンドというのも非常に面白い機能だ。人間の身体の調子は上り坂だったり下り坂だったり時間の経過とともに変化するのに、健康診断などで得られる健康情報はその時点のみの情報になる。しかも、診断表に書かれた数値は詳しい人にしか分からないものも多い。
新しいヘルスケアアプリでは、例えば健康診断表からLDLの値などを入力しようとすると、LDLが悪玉コレステロールで、増えすぎると心臓病のリスクなどが高まるという解説を読めたり、自分の数値が基準内か否かを確認したりすることもできる。
それだけでなく検査を受ける度に、その記録をヘルスケアアプリにつけていくことで数値が良くなっているか、悪くなっているかといった変化を確認できる。歩行、安静時心拍数、血糖値、睡眠などの健康情報が時間の経過とともにどう変化したかを確認できるのだ。
病気にかかり病院に行くと問診時に「最近よく眠れていますか」といった質問を受けることがあるが、ヘルスケアで健康情報を管理していれば、うろ覚えの記憶ではなくより正確なデータを提示できる。
コロナ禍で健康意識が高まる中、2021年の秋に登場するiOS 15は、ただ「便利」を提供するだけでなく、まさに人生の質を向上させるOSへの一歩を踏み出している。
なお、生活の質の改善で言うと、細かい機能ではあるがAirPods Pro向けに「会話の強調」という機能が提供される。これは周囲がうるさい状況で目の前で話している人の声を増幅して聴きやすくする機能だ。健常の人にも役立つ機能として提供されているが、軽度の聴覚障害を持つ人にとっては生活の質が大きく改善するのではないかと期待が持てる(ただし、補聴器の代わりとなる機能というわけではない)。
人生の質を高めるという意味では、もう1つ重要な発表があった。「Digital Legacy Program」というiCloudの機能だ(一部ではiCloud+の機能と報じられているが、確認したところそうではなくiCloudの標準機能として計画されている)。
自分の死後、iCloud上にある写真など自分が生きた証明となるデータを、それを託した信頼できる相手が開いて見られるようにする機能だ。まだ詳細については決まっていない部分も多く、とりあえず開発意向を表明したというだけのものだが、生前に悪用されないようにどのようにして死を確認するかや、Keychainに登録されたパスワードは共有しないべきなど、既に社内でもかなり議論が重ねられているようだ。
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