Apple Watch Series 7の最大のポイントは、既に述べたように大きく縁が湾曲したディスプレイを搭載したことだ。Appleはこの特徴を最大限味わえるように、このモデル専用の文字盤を2つ作った。
1つは湾曲を描く縁取りを生かした「輪郭(Contour)」という文字盤だ。輪郭の湾曲した部分に重なるように数字を並べたこの文字盤は、Apple Watchの側面の表情を変えてしまった。
Appleは、これまでにもよくクラウン(竜頭)などを見せるためにApple Watchの側面写真を紹介してきたが、それらの写真でケースの上側に見えるのは黒いベゼル(縁取り)だけだった。
ところが、この文字盤を選んでいると側面からでも文字盤の存在が見え、まるでケースの上にある水たまりの中で、時計の針が回っているかのような印象を与えて何とも美しい。
もちろん、「写真」など、その他の文字盤でも画面の縁いっぱいに背景がある文字盤も同様に側面から見えるのだが、側面からも見えるということを意識してデザインされた輪郭の文字盤は、画面の見た目の美しさにもこだわるアプリ開発者にも、ちょっとしたインスピレーションを与えてくれそうだ。
Series 7専用の文字盤がもう1つある。「モジューラデュオ」と呼ばれるものだ。大きな横長のコンプリケーション(情報表示モジュール)を縦に2段積み重ねて表示する。
元々あった「モジュラー」や「モジュラーコンパクト」と呼ばれる文字盤は1段だけで、画面の下には極小のコンプリケーションを一列に並べていたが、Series 7では画面が大きいので、それを生かして、ぜいたくに大きなモジュラーを縦に2段重ねている。
この文字盤を見ていてあることに気がついた、文字盤の種類によっては丸みよりも“ディスプレイの平さ”が強調されるのだ。これは実物を見てもらわないと分からないだろうが、Series 7のディスプレイは、Series 6と比べて20%も広い。丸まった縁取り部分もあるにはあるが、丸まっていない平らの面も大きくなっているので、文字盤によってはこの平さが強調される。
では、どのような文字盤で平面っぽさが強調されるのかというと、丸まった縁取り部分に何かを表示するか否かにあるようだ。新しいApple Watchは、このクリスタルの形状の縁に作られた微細な表情の違いを活用して、時には立体的に、時にはソリッドでフラットさを強調した表現ができるようで、これが今後、Apple Watchのアプリ開発にどのような変化をもたらすかが楽しみでならない。
「神は細部に宿る」と言う。
今回、Apple Watch Series 7が採用した大きくて縁が湾曲したディスプレイは、人によっては取るに足りない変化に感じることだろう。
「機能が増えることが正義」で、機能の質であったり、製品の美しさといったりしたものが軽視されがちな、昨今のテクノロジー近辺にあるモノの見方からしたら特にそうだろう。
湾曲したディスプレイは決して新しいものではなく、スマートフォンなどでは既に何年も前から積極的に活用しているメーカーもある。湾曲部分に湾曲部分ならではの機能や新しい操作性を加える工夫も既にある。
だが、新Apple Watchのディスプレイの湾曲はそれとは少し違う。確かに横から見た際に盤面が見やすいという実用的な理由もないわけではないが、それ以上に美しさを重視しての決断だろう。
ちょうど10年前に逝去したAppleの共同創業者は、テクノロジー製品でも「美しさが大事」ということを人類に気づかせた人物だ。それだけに、Appleの製品では「美しさ」は製品の最も重要な特徴の1つとなっている。
そしてアナログ腕時計の世界でも、備えた機能は時刻や日付の確認だったり、タイマーだったりと大差がないにもかかわらず、製品のディテールの作り込みや美しさ、そしてそこにまつわるストーリーが、機能がたいして変わらない腕時計という製品でありながら、1本数千円から1本数千万円まで、大きな価値の差を生み出している。
Apple Watchは、デジタルライフスタイル時代の腕時計における「良質」とは何かを膨大な試行錯誤を通し、提供機能は言うまでもなく、製品の作り込みと美しさの両方から形にしている。
今回の大きく湾曲したディスプレイは、製品の快適さと美しさの両方を狙ったものだが、これを見て1つ思い出した携帯電話製品がある。
iPhoneが登場したのと同じ2007年、Appleとも縁の深い日本人デザイナー、深澤直人さんが「溶けたアメ」をイメージしてデザインしたauの「infobar 2」という製品だ。本体に沿って湾曲した大きなディスプレイ。これは機能ではなく、製品としての親しみやすさを追求して形になったものだった。
記事の中で、深澤さんは「電子機器はオーガニックな人に近い形になる」と語っていた。
Series 7の縁取りに丸みを帯びたディスプレイは、より「電子機器」っぽさが剥がれ自然に腕にもなじみ、この方向性は腕時計のような身につける製品でより真価を発揮すると思った。
オーガニックで丸みというと、丸型のスマートウォッチの方が良いのでは? という議論もあるだろう。しかし、文字を中心にした情報の表示は紙や本などにしても、四角い表現媒体の方が向いていることは歴史も証明しており、Appleはこの部分に関しては最初から四角いケースでいくと腹をくくっている。
しかし、その四角いケースでも、広い真ん中部分は真っ平らなディスプレイの縁をほんの少し丸めるだけで、ここまでエレガントな表現ができるのだ、ということに今回改めて驚かされたし、こうした細部に神を宿わせる行為は、往々にして、その裏で膨大な試行錯誤があることを考えると、Appleの製品を丁寧に進歩させる姿勢に改めて頭が下がる思いだ。
なお、この記事で使った動画や写真はINFOBAR 2を除き、全てiPhone 13 Proで撮影した。
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