auスマホとStarlinkとの“直接通信”は使い物になる? 海上での「緊急通報」を考える海で使うIT(3/3 ページ)

» 2023年10月25日 17時50分 公開
[長浜和也ITmedia]
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課題は「領海外での通信」

 通信の確保という面では、領海外でも通信を確保できるかどうかという問題もつきまとう。というのも、日本では電波法(厳密には無線免許)の制約で領海外でStarlinkとの通信が行えないからだ。この辺の事情について、もう少し解説しよう。

日本では離島への移動で「領海外への航行」が多い

 日本では、原則として「沿岸または基線から12カイリ(約22km)」を領海として設定している(※7)。そのため、船舶で離島へ移動する際に、どうしても領海外に出ざるを得ないケースがある。

 例えば、船舶で御蔵島(東京都)から八丈島(同)に向かう場合、途中で4カイリ(約7.4km)ほど領海外に出てしまう。また、東京湾の入り口にある三浦半島(神奈川県)の南端から“真っすぐに”三宅島を目指す場合も、やはり途中で約4カイリだけ領海外を航行することになる。

(※7)国土交通省が指定する「特定海域」(宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡西・東水道、大隅海峡)については、基線から3カイリ(約5.5km)に狭められている箇所がある

 衛星との通信が領海内に限定される場合、これらの「約4カイリ」ではStarlinkは通信できない状態(=圏外)となる。沿岸から200海里(約370km)以内に設定される「排他的経済水域(EEZ)」も、領海ではないため同様の制限を受ける。

 Starlinkにおける洋上通信サービス「Starlink Maritime(マリタイム)」は、既に日本でも利用できる。しかし契約しようとすると、「領海外はエリア外」という旨が真っ先に表示される。現状のままでは、携帯電話と衛星との直接通信についても、離島への移動中に領海外に出ると緊急通報できない可能性が高い

領海外 Starlink Maritimeの注文ページを見てみると、「日本籍船舶による日本領海外での使用はいかなるものであっても禁じられています」とされている。これが携帯電話との直接通信にも適用されると、領海外を航行している際の緊急通報に使えないことになる

 現実的な問題として、「領海をわずかに出てしまった」程度でStarlinkとの通信が阻害されることはないだろう(機器側に明確に通信を停止する仕組みがない限り)。しかし、厳格に法令を適用すると、現時点では領海外(≒排他的経済水域や公海)において通信を確立した時点で違法となってしまう。

 緊急通報はもちろんだが、通常の通信/通話もできないため、利便性的には“邪魔”もいいところの制限といえる。

総務省との調整に期待

 もちろん、KDDI(とSpaceX)は「法令上、領海外で通信できない」という問題を認識している。KDDIは携帯電話との直接通信サービスを領海外で使えるようにすべく、総務省との調整を進めているという。同社としても、このサービスを真の意味で利便性の高いものにしたいと考えているようだ。

SpaceX SpaceXは米国内外の携帯電話事業者と提携し、国をまたいだ洋上通信に対応する取り組みを進めている。KDDIは、日本におけるパートナーという位置付けだ

 今となってはあまり知られていないかもしれないが、KDDIの前身の1社である「KDD(旧国際電信電話)」は、1963年に衛星通信の実験を開始し、1969年には商用化にこぎ着けた。1979年からは、先述のInmarsatの運用にも参加している。衛星通信の分野では、N-STARシリーズを擁するNTTグループ(旧日本電信電話公社)よりも長い歴史を持つ事業者なのだ。

 ゆえに、KDDIには衛星通信に関するノウハウも多く蓄積されており、SpaceXの日本展開にも生かされている。それだけに、日本における衛星との直接通信サービスの確立に挑む事業者として期待したい。

日本での老舗 日本で初めて衛星通信を開始したのは、KDDIの前身の1社であるKDDだ

 低軌道衛星を利用する通信サービスには競合企業も多い。しかし、SpaceXも含めて、現時点の日本では「絵に描いた餅」状態になっている面もある。日本では、iPhoneの衛星通信サービス(Globalstarの低軌道衛星を利用)が始まっていないがゆえ、「携帯電話×衛星」のもたらすメリットに関する評価も難しい。

 KDDIとStarlinkによる衛星通信サービスは、サービスの開始までしばらく時間がある。KDDIが持つ長年の実績と経験と技術力を生かして、見た目だけのなんちゃってではなく、「本当の意味で使えるサービス」となることを期待したい。

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