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» 2011年05月19日 07時00分 UPDATE

矢野渉の「金属魂」Vol.18:奇妙な金属たちと歴史の旅へ――「PC98-NX」と「Winkey」のキーホルダー

PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回は時代を彩ったPCの関連グッズから、2つの金属を取り出した。

[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

外資系PC直販の御三家から、三洋電機のノートPCへ至る

 Windows 95日本語版の発売が1995年の11月。その後、96年から99年あたりにかけて、PCの普及の早さは、目を見張るものがあった。老いも若きも、皆何かに追い立てられるように、当時は20万円以上もするのが普通だったPCを買いあさったのだ。家電量販店のみならず、大手スーパーにもPC売り場が新設され、まったく商品知識のない店員もPCを売りまくっていた。

 この市場拡大に合わせて、家電メーカーも続々とPC市場に参入した。三洋電機、シャープ、面白いところではキヤノンも「INNOVA/DUO」という名のノートPCを発売したし、給湯器で知られる高木産業も「PURPOSE」というブランドでPCを売っていたのだ。

 もちろんある程度PCが普及し、価格競争で利益が出せなくなったメーカーなどは次々と戦線離脱していくわけだが、その中で僕が最も記憶にとどめているのが三洋電機の「Winkey」(ウィンキー)という名のノートPCだ。この、まるで昭和のラジカセのような名を持つPCは、実はかなりのポテンシャルを秘めた名機だった。

 そのころ外資系で日本に上陸していたダイレクトPC販売メーカーの御三家は、DELL、Gateway2000(1998年に社名をGatewayに改名、そして2007年にAcerが買収)、Micron(1999年に日本のダイレクト販売から撤退)だった。

 それぞれフルタワーケースに入ったハイスペックマシンで性能を競っていたが、僕が心をひかれたのはMicronの、日本では未発売のノートPCのほうだった。アメリカのPC雑誌の広告で見かけたそれは、真っ黒で精悍(せいかん)な筐体、その時代によく見られた無意味な曲線のデザインをきっぱりと廃した、カッチリとした作りの、実に誠実な印象のマシンだったのである。

 そして、そのマシンの製造元が実は三洋電機の鳥取工場であることを知り、僕は誇らしかった。日本のモノ作りのレベルの高さが実感できたからである。

 そのMicronノートPCの流れをくむWinkeyも、これぞメイドインジャパンと呼ぶにふさわしい作りだった。明らかにネジ止めする個所が多い、しっかりした筐体を持っていた。加えてMobile MMX Pentium 266MHzのCPU、タッチパッドとトラックポイントをデュアルで使えるなど、その時代ではかなり“トンガッた”仕様だった。

 鳥取三洋の高い生産技術と、マニアなら納得の仕様。それでもWinkeyはあまり売れなかったようだ。僕はネーミングを含めた販促がよくなかったのではないかと思っている。Winkeyのキャラクターである謎のペンギンも、何だか意味不明なところがある。頭の上の2本の毛も、もしかしたら毛が3本の有名なキャラクターにあやかったのかと勘ぐってしまう。

 写真のWinkeyキャラのキーホルダーは、多分PC雑誌の編集部からもらったものだ。それをちゃんと保管してあるのは、Winkeyを忘れないため、その素晴らしい出来栄えをいつまでも語り継ぐためだ。SANYOブランドが消えるかもしれないこの時期だからこそ、僕はその思いを特に強くしている。

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NECの決断が、国内のPC環境を大きく変えていく

 もう1つのキーホルダーは、NECが過去を精算したときの記念品である。

 1997年、幕張メッセで「PC98-NX」の発表会が行われた。それまで国内のPCでは圧倒的なシェアを持っていたNECが、新シリーズを発表するということで、かなりの報道陣が集まった。話題の焦点は「ついにNECがPC/AT互換機に進出か?」ということだった。

 かつてのNECは日本語に特化した「PC-9800」シリーズで、その互換機も含めて国内シェアで90%を握る、まさにガリバー企業だった。僕の周囲の人間に聞いてみると、「自分は“98”に70万使った、いや僕は130万だ」とケタ違いの金額に驚かされる。当時はPC自体が高価だったことに加えて、独自規格で市場を独占していたわけだから、値段もいい値になるのは仕方がない。サードパーティー企業を含め、かなりもうかったはずだ。

 DOS/Vマシンが普及する中で、NECはしばらくはPC-9800シリーズとそれに続くPC-9821シリーズで頑張っていた。しかし国内シェアが4割にまで落ち込み、ついにこの日、決断は下されるはずだったのだが……。

 個人的に振り返ると、とにかく煮え切らない発表会だった。ハード的に見てこのPC98-NXはPC/AT互換機そのものなのだが、NECは独自規格だといい張る(実際、インタフェースのサポートなど、細部に違うところもあったが)。そのいい訳に大半を費やした印象だった。そして最後には「周辺機器につきましては、ここにおられるサードパティー各社様と協力してNXシリーズの発展を……」という、何だか分からない締めで発表は終わった。

 まるで昨今の政治家の答弁を聞いているようだった。確かにNECとしては独自規格ということにしておかないと、サードパーティーを含めて共倒れの危険性がある。しかし、そこまで危機的状況ならば、別の新しいやり方を模索し、生み出すのが会社経営というものではないのか、と僕は思った。

 NECはこの後、大胆なリストラや分社化を行い、まったく別の体制になっているが、このPC98-NXの発表会のときは巨大企業にありがちな、悪い意味でお役所的な体質が強く出てしまったようだ。

 知り合いにNECの子会社勤務の人がいて、会社に初めてPC98-NXが導入されたときのことを話してくれた。彼の仕事はテンキーを使って数字を打ち込むことが多い。だからNXのキーボードを見たときに凍りついたそうだ。それまで使っていたPC-9800のキーボードは、「0」キーとピリオド(.)キーのあいだにコンマ(,)キーがあったのだが、NXにはそれがない。仕事の能率はガタ落ちだったそうだ。

 鎖国状態で国民機とまでいわれて愛されたPC-9800の終焉(しゅうえん)。その独自性がその後のいろいろな人々の人生に深く関わっているのは間違いない。

 思えば、PC98-NXの発表会の帰りに渡されたキーホルダーは分厚い金属の、普段使いにはちょっと重すぎるものだった。まるで何かを引きずるかのように、重い、重い金属だった。


 そして2011年、今もなお国内PC最大手の座を維持しているNECと中国の巨人Lenovoが、PC事業の合弁会社を設立する。PC98-NXの発表からはや14年、時代はさらに大きく動いていく。

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