WiBro音声通話、MVNO解禁、キャリア再編――激動する2009年の韓国携帯市場韓国携帯事情

» 2009年01月20日 16時25分 公開
[佐々木朋美,ITmedia]
photo KT社長に就任した、イ・ソクチェ氏

 韓国の通信大手KTでは、2008年9月に前社長が収賄の疑いで逮捕(KTF前社長が横領の罪で逮捕されて発覚)された後、最高経営者が不在のままだった。2009年1月半ばになってようやく次期最高経営者が決定し、経営体制が固まった。新たにKT社長の座に就いたのは、イ・ソクチェ氏。韓国政府の情報通信部(情報通信委員会の前身)長官を務めた人物だ。就任の際、“All New KT”というキャッチコピーを掲げ、企業改革に取り組むと宣言した同氏は早速、人事の刷新に大なたを振るっている。

 新体制となったKTでは、以前から話題となっていた傘下の携帯電話事業者KTFとの合併を本格的に進める方針だ。2008年にはKTの直営店「KT Plaza」を、KTFの「SHOW」直営店に統合して業務の一本化を図るなど、少しずつ体制を変えてきたが、今年に入ってから(KTの)「WiBro」事業部や経営などの中核部門にKTFからの人員を配置するなど、組織再編が加速している。

 2008年にはKTFのライバルであるSK Telecom(以下、SKT)が、ブロードバンドサービス大手のHanaro Telecom(現在、SK Broadbandに社名を変更)を買収し、総合的な力をつけた。KTとKTFの合併はこれに対抗し、固定と無線が融合した利便性の高いサービスをユーザーに提供するのが目的で、2009年度上半期中の合併を前に、競合するSKT陣営とLG陣営は対抗策を練っているはずだ。もちろん、KTがそれに打ち勝つような強力な商品を提案してくるのは間違いない。

WiBroが携帯電話と激突

 WiBroは、サービス開始から丸4年で加入者数が約18万人と、現時点では必ずしも成功しているとはいえない。それでも事業者であるKTとSKTは、サービスエリアをソウルを中心とした首都圏の23地域にまで拡大している。

 とくにソウル市内では、地下鉄の駅構内のほか、一部の高速道路でもデータ通信を?利用できるため、確かに便利だ。しかし、対応のUSBモデムやスマートフォンなどを購入し、月1万ウォン(約660円)以上の利用料を負担する価値があるかといえばそうともいえず、一般には普及していないのが実情だ。

 そこで政府の放送通信委員会は、WiBro利用の活性化策としてWiBroに“010”で始まる番号を付与し、音声通話ができるようにする方針を打ち出した。韓国で010番といえばご存じの通り携帯電話の番号である。

 同委員会はWiBroに通話サービスを開始させてその活性化を図るだけでなく、WiBroからほかの通信網の加入者と音声通話やメッセージの送受信を可能とすることで、利用者の利便性を高め、それを通信市場の競争促進や料金引き下げにつなげたい考えだ。

 また010で始まる番号を付与したのは「携帯電話とWiBroとの番号ポータビリティ制度を実施するため」(同委員会)でもあるという。010番号には現在718万回線もの余裕があり、WiBro加入者が増加(予想では2011年までに107万人)しても不足しないことも補足した。

 とはいえ、WiBroが音声通話サービスを行えるようになると、携帯電話との差がなくなり、WiBroと携帯電話の両方をグループ内で提供しているKTやSKTにとっては、自社製品同士が競合するという事態が発生する。また、WiBroの音声通話はIP網を使ったものになるため、携帯電話よりも低価格になるなど、携帯キャリアにとっては死活問題に発展する可能性もある。WiBroの音声サービスは2009年末ごろに本格展開される見通しだが、携帯電話とどのように差別化を図っていくかが、大きな課題になるだろう。

 なお、WiBroの音声通話についてはすでに試験サービスが行われている。KTはソウル市内にある江南聖母病院やソウル聖母病院でWiBro音声通話システムをテスト中だ。ここでは010の電話番号ではなく、Eメールアドレスを識別番号として相手を呼び出す。病院という、限られた建物内での利用を想定したシステムではあるが、WiBroの音声通話サービスが実用可能かどうか、今後を占う上でも重要な試みといえる。

WIPI義務化廃止で、海外端末時代が到来か

photo 2008年12月にSKTが韓国市場に投入したRIM製の「BlackBerry 9000 Bold」。加入時に専用サーバを設置する必要があるなど、主に法人向けの端末。価格は78万9360ウォン(約5万2500円)。さらに、月額2万6000ウォン(約1730円)のEメールサービス、月額1万ウォン(約660円)のデータ料金プラン「データパーフェクト」(約10万ウォン相当のパケット通信が行える)の契約が必要

 「電気通信設備の相互接続基準」の改正案により、韓国独自のプラットフォーム「WIPI」(Wireless Internet Platform for Interoperability:ウィーピー)の義務搭載が、4月に廃止される。それ以降、WIPIを使うかどうかは端末を販売する各キャリアが判断することになる。

 この方針転換は、端末開発が世界規模で行われるという昨今のトレンドに合わせたものだ。韓国への上陸が期待されたAppleの「iPhone 3G」も、WIPI義務搭載が障壁となっていまだに韓国では販売されていない。オープンなケータイOSが普及しつつある中で、韓国独自のプラットフォームを搭載することが海外メーカーにとって高いハードルとなっているのは事実だ。ユーザーがさまざまな端末を選ぶことができるよう、選択肢を広げる上でも、WIPI義務化の撤廃は有効といえる。

 そこで期待されているのが、海外製スマートフォンの増加だ。とくに熱心なのはSKTで、2008年にはHTC製「Touch Dual」やRIM製の「BlackBerry」といった機種を投入。古くから韓国に進出しているMotorolaは、SKTのみに端末を供給している。

 2009年には、上半期中にNokiaやSony Ericssonのスマートフォンが発売されると見込まれており、スマートフォンに対する一般ユーザーの認知度も、WIPI義務搭載廃止のニュースとともに上昇中だ。世界的に知名度の高いメーカーが韓国に進出するという期待感から、(普及するかどうかは別として)大きな話題になっている。

 スマートフォン対応のコンテンツやサービス、データ通信用の料金プランなども発表され、利用環境も今後いっそう整備されるのは間違いない。高額なパケット料金への警戒感からモバイルインターネットを使わないというキャリア泣かせの韓国ユーザーだが、話題のスマートフォンが普及することで、端末の利用シーンに変化がみられるかもしれない。

議論噴出のMVNO

 韓国政府は2008年から、国民の通信費削減政策に取り組んでいる。その結果、ブロードバンド(固定回線)+携帯電話料金をセットにして値引きする「結合料金」の提供など、ある程度の成果が出ている。今後WiBroへの音声通話機能が追加されれば、さらなる競争が起こって料金がもっと下がるかもしれない。これも一種の通信費削減政策といえる。

 さらに政策の一環として挙げられるのがMVNOだ。2008年11月、放送通信委員会は通信市場の競争を活性化させるためにMVNOを導入することを決定。電気通信事業法の改正案を作成した。

 改正案は同年12月に修正されており、内容は次のようになっている。

  • MVNO事業者がMNOに支払う対価は、市場で自律的に決める
  • 義務的にネットワークを提供しなければならない事業者やサービスを(政府が)指定する
  • 90日以内にMNOとMVNO事業者の間で提携を行う
  • MNOによるMVNO事業者の差別、サービス提供拒否、協定不履行などを行った場合は、事後規制する

 といったものだ。しかし改正案が出るや、議論が噴出した。MVNOへの進出を目指す企業から成る韓国MVNO事業協議会と、同じくMVNO市場へ進出したいCATVの業界団体である韓国ケーブルテレビ放送協会が、強く反対を唱えているのだ。

 これは放送通信委員会が掲げている“事後規制”では、回線料金を一方的に決められてしまう恐れがあるからだ。力を持つ通信事業者側が自前のネットワークを安く貸すはずはなく、高めに設定して事後規制が行われるまで時間を稼ぐこともできる。安さが魅力のMVNOにおいて、現キャリアと同様の料金プランを提供しても勝ち目はなく「事後規制ではMVNO市場への進出はあきらめるしかない」という強硬な意見まで出ている。

 こうした意見が増えたのは、KTやSKTといった大手通信グループが、通信と放送の融合で強大な力をつけ、通信市場の寡占傾向?を強めているからだ。固定と無線のインフラを持ち、それを利用した結合商品やコンテンツを提供する通信事業者は、IP-TVなど既存メディアと競合するサービスを続々とスタートさせている。一大メディアグループとなりつつある通信大手に、CATV業界やブロードバンドサービスを提供する中小の通信事業者は立ち向かっていく必要がある。

 事前規制にこだわりを見せるのも、力関係ではかなわなない大手通信事業者への対抗策ともいえる。MVNOに関する最終決定は、2009年中に行われる予定だが、まだ論議の余地はありそうだ。


 SKTがブロードバンドの大手企業を吸収したことで始まった通信業界の再編は、KTとKTFの合併でさらに加速する見通しだ。またMVNOの実施となれば、さまざまなプレーヤーが通信市場への進出を目指すことになる。韓国の独自プラットフォームであるWIPIは海外進出を目指していたが、国内の搭載義務を撤廃するなどかつての勢いを失ってしまった。同時に、オープンなケータイOSを搭載した海外端末が韓国に流れ込んでこようとしている。

 2009年の韓国携帯電話市場は、これまでにない複雑さをもって、より速い動きを見せるだろう。政府は依然として通信費の節減という、ユーザーにとって非常に大きな課題を解決するために努力している。携帯電話を巡るダイナミックな動きがうまく調和すれば、2009年の韓国市場は大きな発展が見込めるかもしれない。

佐々木朋美

 プログラマーを経た後、雑誌、ネットなどでITを中心に執筆するライターに転身。現在、韓国はソウルにて活動中で、韓国に関する記事も多々。弊誌「韓国携帯事情」だけでなく、IT以外にも経済や女性誌関連記事も執筆するほか翻訳も行っている。


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