ドコモはiモード登場初期から「公平なプラットフォーム提供者」というスタンスを取っており、ゼンリンデータコムとの協業によって誕生する今後のデジタル地図関連サービスにおいても、この姿勢は変えない。その上で、ドコモが狙うのは「サービスの裾野を拡大すること」(正垣氏)だ。
「特に今まで(GPSナビゲーションを)使っていなかった方々にも、GPSや地図を使ったサービスを使っていただきたいと考えています。
例えば今後の展開では、シルバー層向けの『らくらくホン』向けなども考えられますが(7月12日の記事参照)、その際に重要なのが見やすい地図が使う人ごとに違うということですね。シルバー層向けにGPS機能搭載のモデルを出すならば、お年寄りが使いやすい地図やサービスをしっかりと作り、(90xなどスタンダードモデルとは)出し分けていきたい。今回、ゼンリンデータコムに出資した狙いの1つに、携帯電話でのデジタル地図活用が進むように、(対象マーケットごとの)“いろいろな地図”を作ってもらうことがあります」(正垣氏)
現在、GPS携帯電話向けに用意されているデジタル地図やGPSナビゲーションサービスは、カーナビゲーションの影響を色濃く受けている。携帯電話のユーザーインタフェース環境を熟慮し、さらに使いやすいデジタル地図やナビゲーションの形を作る余地は大いにある。ドコモとしては、ここをさらに掘り下げたい考えだ。
「現在の地図サービスは、ある程度のリテラシーがある方向けです。らくらくホンもそうですし、90xシリーズを使うユーザーの中にも“地図が苦手”な人はいらっしゃるはずです。そういう方でも使いやすい、地図のユーザーインタフェースを作っていきます」(NTTドコモ プロダクト&サービス本部マルチメディアサービス部 コミュニケーションサービス企画担当の山田俊之氏)
筆者のコラムでも何度か取り上げているが、携帯電話などモバイル機器におけるデジタル地図と位置情報のサービスには、幅広い分野で多くの可能性がある。しかし、その一方で、その普及と利用促進には「携帯電話」と「地図」のどちらにもユーザーインタフェースのハードルがある。ドコモがこの分野に着目し、まずは“地図作りから”という長期的な視野で取り組むことは意義深い。
「市場規模で見ましても、高度なGPSナビゲーションの需要はある程度、限られてくるでしょう。しかし、“簡単に地図を見たい”というニーズは日常的な携帯電話の利用の中でも、けっこうなボリュームがあると思います。その裾野を広げたいのです」(山田氏)
先述のとおり、ドコモはFOMA 903iシリーズからハイエンドモデルにGPS機能を標準搭載している。しかし、その一方で、FOMA 70xシリーズはGPS機能を標準搭載しておらず、その点が、ほぼすべてのラインアップにGPS機能を搭載するauとの違いになっている。ゼンリンデータコムとの提携が呼び水になり、ドコモでもGPS機能の標準搭載化がラインアップ全体で進むのだろうか。
「90xシリーズ以外のラインアップで見れば、キッズケータイがGPS機能を搭載し、キッズセキュリティという観点で活用しています。次のステップとして、らくらくホンなどへの展開が考えられるでしょう。ここは先ほどお話ししたとおり、地図のUIなども含めて考えたい。
一方、70xシリーズについては、GPSが搭載されない機種も今後しばらく投入されるでしょう。しかし、その場合でも(デジタル地図や位置情報サービスが)使える仕組みを用意していきます。現状のiエリアよりは精度の高いものを考えています」(正垣氏)
PCにおけるデジタル地図サービス分野を俯瞰すると、Google Mapsを筆頭に地図APIを公開し、地図を使ったマッシュアップ型のサービスやコンテンツが活況だ。また、ユーザーが投稿したブログ記事や写真を地図と連携させる地図のCGM(Consumer Generated Media)化の動きも出てきている。
ドコモの新地図サービスは、当初こういった外部連携機能は用意されていないが、中長期的には取り組んでいきたいテーマだという。
「いつできるかという技術的な課題はありますが、いま(インターネットの)地図サービスの世界で、API公開によるサービスの連携がおもしろいことは我々も認識しています。将来的にドコモの地図アプリをオープンな形にして、いろいろなコンテンツプロバイダがプラットフォームとして使う。情報を載せていくというモデルは検討していきたいですね」(山田氏)
この場合、地図プラットフォームを提供するのはドコモであり、特定の地図ベンダーではない。各コンテンツ/サービスプロバイダと等距離な関係を重視するドコモだからこそ、API公開でコンテンツを持ち寄ってもらうビジネスモデルがやりやすいという考え方もあるだろう。
携帯電話における地図と位置情報の活用サービスは、GPSナビゲーションだけではない。ターゲットとする利用者や用途向けにUIを作り込み、利用者の裾野を広げることで、コンシューマーと法人どちらの市場にもさまざまな応用サービスを構築できる。
ドコモがゼンリンデータコムとの提携において、単なるKDDIへの対抗ではなく、“ユーザーインタフェースの改良”と“デジタル地図サービスの市場拡大”に主眼を置いたのは正しい。同社の今後の取り組みに注目である。
IT専門誌契約ライター、大手携帯電話会社の業務委託でデータ通信ビジネスのマーケティングなどを経て、1999年にジャーナリストとして独立。現在はIRIコマース&テクノロジー社、イード社の客員研究員も務める。携帯電話、非接触IC、自動車・ITSなどの市場・業界動向について、執筆や講演、企業コンサルティングを行っている。
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