地域住民が高齢者を送迎――相互扶助型カーシェアリング「あいあい自動車」の秘める可能性(1/2 ページ)

» 2016年08月31日 06時00分 公開
[房野麻子ITmedia]

 鉄道網が張り巡らされ、タクシーやバスが列をなして走っている東京都内で活動していると、移動の難しさを感じることはほとんどない。しかし地方には、自家用車を持っていないとスムーズに移動できない場所が多く存在する。電車やバスが1時間に1本もなく、流しのタクシーを拾うことは、簡単にはできない。そうした地域で自家用車がないということは「出歩くな」と言うに等しい。「あいあい自動車」は、そうした地域の状況に一石を投じてくれそうなサービスだ。

あいあい自動車 「あいあい自動車」の仕組み

 あいあい自動車は、リクルートホールディングスの新規事業提案プログラム「Recruit Ventures」を通してサービス化された、地域住民が共同所有の車を使って高齢者を送迎する運送サービス。利用者、運転手にSIMカード付きタブレットをレンタルし、利用者がいつ、どこに行きたいかをアプリで入力すると、対応できる運転手が送迎をする。

 あいあい自動車では自治体と提携し、道路運送法の特例である公共交通空白地有償運送の仕組みを取り入れている。この地域が公共交通空白地だと自治体で定められると、タクシー免許を持っていなくても運送事業を行える。その仕組みを活用して、2016年2月から三重県菰野町があいあい自動車の実証実験を行い、4月に事業化した。

持続可能なサービスを作りたいという思い

あいあい自動車 金澤一行氏

 あいあい自動車を生み出したリクルートホールディングス メディアテクノロジーラボの金澤一行氏は、前職がシンクタンクの研究員で、社会保障や経済政策の調査研究をしていたという経歴の持ち主。金澤氏は研究員時代、高齢者が増えて支出が増えていき、右肩上がりの経済成長が望めない時代に持続可能なサービスを作るには、官ではなく民間のセクターでビジネスとして収益を上げる必要があるという考えに至り、民間企業への転職を決意したという。

 入社したリクルートには、社員からボトムアップで事業を開発できる新規事業提案プログラムがあり、毎月、事業案を提案可能なコンテストが開催されている。あいあい自動車もこのコンテストを通過して事業化したサービスだが、通過するまでに7回も落選するという憂き目にあってきた。しかし、金澤氏は諦めなかった。自身も地方出身で「少年マンガを買いに行くにも一苦労」する交通の不便なところで育ち、移動の大変さを身をもって感じていたからだ。

 コンテストの審査は、ビジネスプランの内容がいいだけでは評価されない。チームやプロジェクトリーダーの熱意も重視されるという。金澤氏の熱意の大きさは、今回の事業に共に携わっているニジボックス クリエイティブ室ディレクター グループリーダーの吉川聡史氏も認めるところだ。

予約システムとタブレットを提供

 審査を通過したあいあい自動車を、実証実験として最初に採用したのが三重県菰野町。移動の問題を抱えている地方ならどこでも採用しそうなサービスだが、自治体の合意を取り、法的な課題をクリアしても、採用に至るには首長の強いリーダーシップや新しいものを受け入れる姿勢が必要で、サービスの売り込みは「首長を口説くところから始めている」(金澤氏)そうだ。

 菰野町では、町の社会福祉協議会が実際の運営を行っているが、地域によって中核となる組織は異なるという。社会福祉協議会やNPO、時にはお寺が中心的な組織になることもある。そういった組織が中心となってあいあい自動車を地域で主体的に運営し、「リクルートはシステムでサポートするという位置付け」(金澤氏)だ。

 住民には、送迎の予約を行うアプリがインストールされたタブレットが配られる。タブレットは1台あたり月額1200円(通信料金込み、税別)のレンタルで、SIMカードを差せる安価なAndroid端末を採用している。通信会社はドコモ系MVNOのワイヤレスゲートで、最大通信速度が3Mbpsと抑えめながらもデータ通信容量が無制限のプラン。MVNOは通信料が安く、ドコモ系なので地方でもしっかりエリアが整っている。iPadやiOS向けのアプリはコスト面を理由に採用を見送った。このタブレット貸出による利益はないという。

あいあい自動車 住民に配られるタブレット。簡単に予約ができるようシンプルなUIを採用した

 タブレットは、許可されたアプリのみを表示し、安全に使える子ども向けホームアプリ「キッズ・プレイス」を設定した形で貸し出される。高齢者が誤操作で悪質なサイトにアクセスしたりすることを防ぐためだが、このホームアプリは解除しても構わない。知識があればタブレットは自由に使える。

あいあい自動車 子ども向けホームアプリ「キッズ・プレイス」をプリインストールしている

 アプリは高齢者でも使いやすいように、スワイプや長押しの操作はなく、全てタッチで操作する。ボタンには必ず文字を入れ、アイコンは一切使われていない。カレンダー画面は一般的にスクロールで操作されるものだが、「次の週を見る」「前の週を見る」のボタンをタッチすることで画面が切り替わり、高齢者にも分かりやすい仕様となっている。

 「最初はスクロールくらいできるだろうと思って作ってみたのですが、矢印で次のページに行くのも一般的ではなかった。高齢者は『どういう意味か』と考えてしまったのです」(金澤氏)

 予約の際は、送迎を希望する日付を選び、具体的な場所ではなく、どこ方面に行きたいかを選ぶ。運転手に目的地で買い物などの手伝いを依頼できるほか、運転手が見つからないときのために「タクシー相乗り」というメニューもある。

 「あいあい自動車は、運転手の都合が合えば送迎します、というスタンス。運転手が見つからないときは、タクシーを相乗りして安く移動してもらいます。確実性や即時性は担保できません。飛行機でいえばLCCのようなもので、安い代わりに利便性を一部犠牲にしています。高くても確実に、快適に行きたいときはタクシーを使ってもらう。あいあい自動車で地方の交通の問題が解決するなんて、そんなおこがましいことは思っていません」(金澤氏)

 最後に、帰りが何時間後かを選び、予約完了だ。運転手の都合が合うと、その運転手から利用者に電話がかかってくるので、電話で具体的な目的地などを伝える。

 「タブレットだけで完結すると、どんな情報が送信されているのか、変なことになっていないかと不安になる高齢者が多い」(吉川氏)ため、アプリだけで完結させない方が、現時点では高齢者にとって使いやすいと判断した。

運転手はリタイア後の生きがいにも

 送迎の予約が入ると、運転手が使うアプリのカレンダーに印が付く。都合が合った運転手が“早い者勝ち”で担当になり、利用者に電話をかけるという流れだ。菰野町の場合、運転手はボランディアや自治体を通じて募集され、現在15人程いる。多くが仕事をリタイアした前期高齢者。運転手に若干の報酬は出るが「目的はお金ではなく、困っている人を助けること」だ。

 「目の前で困っている人がいたら助けたいと思うのは、人間の本能みたいなもの。困っている人と、助けてほしいタイミングを見える化したのがあいあい自動車なのです。自分が年をとっても暮らしていける地域にしたいという気持ちも、モチベーションになっています」(金澤氏)

 会社勤めの間は地域の活動に参加してこなかった男性も、自分が役に立っているという意識で生き生きと活動しているという話が印象的だった。また、運転手は車を運転するだけでなく、買い物や病院に付き添う、高齢者がアプリを扱えない場合に代理で入力するなど、さまざまなシーンで高齢者を手助けする役割も担う。

 「タブレットを渡すと、高齢者の4割は、怖い、できないといいながらも、すぐ使えるようになります。もう4割は、あいあい自動車のインタフェースでも、すぐには使えない方。そして、残り2割は、認知症で何度説明してもリセットされてしまう方々です。私たちが行き着いたのは、UIをどんなに磨き込んでも、高齢者層では100%使ってもらえるものにはならないということでした。それ以上に大事なのは、地域の人に伴走してもらうこと。地域の人が高齢者を手助けすることも含めてUXだと考えています」(金澤氏)

あいあい自動車 吉川聡史氏

 もちろん、運転手の都合には配慮している。運転手は予約が入っても、対応が難しければ見送っても構わない。運転手同士で、誰がどのくらい送迎したかなども見えないようになっている。

 「見える化と見えない化の両方に気を遣って、人付き合いの面倒な面は、なるべく見えないようにしています。これもITの力だと思います」(金澤氏)

 なお、菰野町では、送迎の料金は距離ではなく時間で課金され、15分500円(税別)。支払いは月末にまとめられ、クレジットカードを持っていない人を考慮し、翌月に口座から引き落とされる。住民同士で現金のやりとりは発生しない形だ。また、タクシー業界に配慮し、サービスエリアは菰野町内に限定している。

 サービス提供時間など、細かな取り決めは地域内で決められている。サービスのパッケージは用意されているが、地域の要望に合わせてカスタマイズされ、「やっていくうちにルールが整備されていく」(吉川氏)形だ。

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