このように、MVNOでも5G対応の通信サービスを提供する事自体は可能です。ただ、先にも書いた通り、現在MVNOが提供している5Gの方式は5G NSAです。2021年末からキャリアが限定的に利用し始めた5G SA(スタンドアロン)は、まだMVNOが提供することはできません。
5GはIoTに代表されるスマートフォン以外の用途もターゲットに含めて開発されています。そのため、5Gでは開発目標として、スマートフォンで期待される「高速」だけでなく、「高密度」「低遅延」といった機能が挙げられています。
しかし、これらの機能は5Gの最初期から利用できるわけではなく、まず「高速」だけを実現する5G NSAが先行して導入されました。その実現方法は、前述の通り4Gのコアネットワークに5Gの基地局設備だけを追加するといった形です。この方法は5Gのフルスペックの機能が使えないという制限があるものの、キャリアにとっては喫緊の課題である通信速度の問題を早期に改善させることができ、また、4Gからの移行もスムーズに行えるというメリットがありました。
MVNOにとっての5G NSAは、設備を大きく変更することなく、4GとPOIを共有する形で5Gに対応できるため、導入のハードルが低いというメリットがあります。しかし、前述の理由でMVNOは5G NSAを導入したとしても、それだけでは速度向上は難しいのが実態です。5G NSAの唯一のメリットである速度向上が期待できないということになると、5G導入のモチベーションも上がりにくいかもしれません。
では5G SAはどうでしょうか? 5G NSAから5G SAへ発展した際に得られるメリットは、速度以外の「高密度」「低遅延」などとなります。スマートフォンの市場だけを見ている限りではこれらの機能にあまり魅力を感じないかもしれませんが、携帯電話網を非スマートフォンの市場にまで拡大するという目的では必須となります。キャリアが2019年頃に盛んに訴求していた「5Gによってもたらされる未来」は、5G SAによるフルスペックが達成されて初めて実現可能になるものです。
非スマートフォン市場への拡大は、MVNOにとっても1つの成長のパスとして考えられます。例えばIIJは、非スマートフォンのIoT市場を、個人向け「格安SIM」と並ぶMVNO事業の両輪として考えており、IoTでの利用のために5G SA対応を積極的に検討してきました。このような活動の一環として、2019年頃よりMVNOの業界団体であるテレコムサービス協会 MVNO委員会や、それ以外の機会も活用してキャリアに5G SAの提供に向けての協議を呼びかけてきました。
このキャリア・MVNO間の協議の模様は、総務省の「接続料の算定等に関する研究会」にて「5G(SA方式)時代におけるネットワーク提供に係る課題の検討」としてたびたび報告されています。
2021年1月19日に開催された「接続料の算定等に関する研究会第40回」において、キャリア各社が2021年中に5G SAサービスを開始することを念頭に置き「MNOとMVNOが同時期にサービス提供を開始できるようにする」ための事業者間協議が必要であるという方針が示されました。
これを受けて、キャリアとMVNOは「キャリアの5G SAをMVNOが利用するとすれば、技術的にどのような方式がとれるか」ということについて、実現性やメリット・デメリットを含めて議論しました。このような議論が必要になったのは、世界でもキャリアの5G設備を「接続」という形態でMVNOに提供した先例がなく、キャリア・MVNO間のPOIをどのように実現すれば良いか標準的な技術が存在しないためです。
この議論の中で、当初MVNO側が提案していた2方式を含め、4類型5方式が検討されました。その結果は「接続料の算定等に関する研究会第45回」において「5G(SA方式)時代のネットワーク提供に係る事業者間協議結果報告」として報告されています。
この図にまとめられている通り、2021年末(2022年初頭)にMVNOが利用できる方式は「L3接続相当(サービス卸)」のみであり、それ以外の方式は2022年度以降の実現や、利用の見通しが立てられないといった状況となっています。
ここで取り上げられている「L3接続相当(サービス卸)」というのは、キャリアが用意した通信サービスをMVNOがそのまま使うといったものです。通信(IPパケット)こそMVNOを経由して行われますが、MVNOは5Gに関する制御を一切行うことができません。これは、現在4Gで主流になっているL2接続よりもさらに制限が厳しいものです。L3接続しか実現できないのであれば、わざわざ5G SAに対応する意味はないといえます。
また、2022年度以降として書かれている「ライトVMNO(スライス卸/API開放)」はもともとMVNO側が提案していた方式ですが、「FY2022以降(※1)」の「※1」として書かれている制限が非常に厳しいものとなっています。「※1」の条件付きであれば「L3接続」とあまり変わらないといえます。もともとMVNO側が求めていた方式については「見通せず」とされています。
あくまで2021年6月時点の結果ではありますが、5G SAを利用したいMVNOにとってはなかなか厳しい状況です。ただ、これで話が終わったわけではありません。総務省は事業者間協議が適切に行われているかを注視しており、必要に応じて交渉を活性化させるための制度を検討するなどとしています。
日本のMVNOは、事業者間の競争によって通信市場を活性化させるために導入された制度です。基地局を持たないMVNOが基地局を持つキャリアと競争を行うためには、キャリアが適正な条件でMVNOに設備を提供することが前提です。仮にキャリアが5G SAの機能を独占的に利用し、MVNOへの提供を制限するとした場合、その前提が崩れる可能性があります。キャリア・総務省にはより公正な競争環境の整備を引き続き要請していく必要があるでしょう。そして、もちろん MVNO自身もそれに応えられる研さんを積んでいかなければならないと感じています。
堂前清隆
株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) 広報部 副部長 兼 MVNO事業部 事業統括部シニアエンジニア
「IIJmioの中の人」の1人として、IIJ公式技術ブログ「てくろぐ」の執筆や、イベント「IIJmio meeting」を開催しています。エンジニアとしてコンテナ型データセンターの開発やケータイサイトのシステム運用、スマホの挙動調査まで、インターネットのさまざまなことを手掛けてきました。
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