なぜiPhoneで緊急通報できない不具合が起きたのか? その理由を考察するMVNOの深イイ話(3/4 ページ)

» 2022年05月19日 06時00分 公開
[堂前清隆ITmedia]

緊急通報の実験の難しさ

 今回の緊急通報の事象では、IIJ社内で端末の動作確認を行っているチームも現象の再現実験に取り組みました。この実験によってどういった条件で事象が再現するのかが確認できたのですが、今回は普段の動作確認とは違う苦労がありました。

 詳細は伏せますが、今回の実験は実際の携帯電話網を使って110番に発信するもので、本当に警視庁の司令室に通話がつながってしまいます。そのため、あらかじめ警視庁と調整した限られた範囲内で実験を行っています。

 通常の動作確認であれば、実験と考察を繰り返しながら現象を追い込んでいくのですが、こうした制約のため、事前に用意したテストケースを実施するだけで精いっぱいでした。また、調査中にiOSのアップデートが何度も行われたのですが、何度も何度も警視庁に協力を依頼するわけにもいかず、大変もどかしい思いをしていました。

 詳しい方であれば、疑似的な携帯電話網を作ることができる、基地局シミュレーターを使えばいいのではと思われるかもしれません。しかし、これは次の理由でうまくいきません。

緊急通報 基地局シミュレーター

 まず、今回の現象はデュアルSIM環境で発生するということが分かっていました。これを再現するためには、端末にSIMを二つ取り付けるだけでなく、二つの携帯電話網に相当するシミュレーターを2セット用意する必要があります。携帯電話シミュレーターは非常に高価なもので、IIJでは1セットしか保有しておらず、デュアルSIMの環境を再現することはできませんでした。

 また、携帯電話網というのはキャリアによってパラメータなどが細かく異なっています。各キャリアの環境を再現するためにはそのキャリアで設定されているパラメータを入力する必要があるのですが、その情報が公開されていないため、IIJのような第三者が実網を再現することは困難です。

 キャリアであれば自社の携帯電話網を再現したシミュレーターや実験環境を持っているかもしれません。しかし、他社の網を想定した環境までは持ち合わせていないでしょう。今回のようにデュアルSIM環境で複数の携帯電話網に接続した環境をシミュレーターや実験環境で再現するというのは、そもそもかなり難易度が高いのです。

 また、「112番」の存在をご存じの方もいらっしゃるかもしれません。日本以外の多くの国では「112番」が緊急通報用の番号として割り当てられており、日本でも一部のキャリアは「112番」にダイヤルすると警察や消防・海保にはつながらないものの、アナウンスが流れるようになっています。

 この番号であれば緊急通報受理機関に迷惑を掛けずに実験ができるのではと考えてみたのですが、今回問題は端末の中でその番号が緊急通報と認識されるかどうかです。最終的に端末の中で本来の緊急通報の番号と「112番」が同じ扱いされているかについての確証が持てず、「112番」で試験をすれば良いと言い切るには至りませんでした。

 こういった事情により、警察など緊急通報受理機関の協力を得た上で実際に「110番」してみることが必要だろうと考えています。

技適不適合とは何だったのか

 一連の経緯の中で注目された出来事の1つに、対象となったiPhoneを総務省が「技術基準への不適合など」に掲載したことがあります。いわゆる「技適」については、「日本国内では技適マークがついていない(適合が表示されていない)スマートフォンを使うと違法になる」という理解が浸透していることから、「iPhoneを使うと違法になるのではないか」という騒ぎとなりました。

 実は、皆さんが「マークなしだと違法になる」と理解されているのは「技術基準適合証明」(電波法)で、今回話題になった「技術基準適合認定」(電気通信事業法)とは異なる制度です。「技術基準適合証明」と「技術基準適合認定」は名前が非常に似ており、また、どちらも同じ「技適マーク」で表示されるものですが、制度を定めている法律も目的も、異なります。

緊急通報 技適表示の例

 「技術基準適合認定」(電気通信事業法)は、電気通信回線設備に接続する端末設備が回線設備や他の利用者に悪影響を与えないことを示す制度です。対象となる電気通信回線設備は、携帯電話会社が運用する無線網だけでなく、固定電話などの有線網も含まれます。これが、電波を発射する無線機器のみを対象とする「技術基準適合証明」(電波法)との大きな違いです。 

 携帯電話などの電気通信サービスにおいて、原則では、利用者がスマートフォンなどの端末を利用する際に、その端末が携帯電話事業者の技術基準に適合しているかの検査を携帯電話事業者に求める必要があります。しかし、そういった検査を個別に行うのは現実的ではないため、あらかじめ「技術基準に適合している」と認定・確認されたことが表示されている端末は検査を行わずに携帯電話網に接続して利用して良いという省力化が図られています。このため表示が「技術基準適合認定」における技適マークです。

 この制度を法律の条文で確認します。電気通信事業法第69条を見ると「適合表示端末機器を利用する場合を除き、電気通信事業者の検査を受けなければ、当該端末を使用してはならない」(要旨)と書かれています。また、同52条では「電気通信事業者は、端末設備が技術基準に適合しない場合を除き、利用者からの接続請求を拒むことができない」(要旨)とも定めています。

緊急通報 電気通信事業法の技適についての記載

 では、電気通信事業法における端末の「技術基準」は緊急通報についてどのようなことを定めているのでしょうか? これは、郵政省令(郵政省は総務省の前身の1つ)の「端末設備等規則」第二十八条の二および、第三十二条の二十三に記載されています。

緊急通報 端末設備等規則

 このように、政令には「緊急通報を発信する機能を備えなければならない」とだけ書かれています。

 さらに「技術基準適合認定」をどのように行うかについては、総務省令「端末機器の技術基準適合認定等に関する規則」および、告示「端末機器の技術基準適合認定等に関する試験方法(平成16年総務省告示第99号)」が定められています。

緊急通報 別表

 これらの法令を見る限りは、緊急通報機能についてシングルSIM(SIM1枚)のときだけ確認すればいいのか、デュアルSIMでも確認すべきなのか、デュアルSIMで確認するならどういった組み合わせまでカバーしなければならないかなどは定義されていないように思われます。

 今回対象となったiPhoneについて、総務省は「技術基準不適合そのもの」ではなく「不適合などの周辺の事象である」と説明しています。そういった説明の背景にはこのような事情があるのかもしれません。

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