世紀のコラボによる注目のiPad電子書籍「太陽系 for iPad」マーカス・チャウン×タッチプレス×イトカワ×ビョーク(3/3 ページ)

» 2011年08月30日 17時53分 公開
[林信行,ITmedia]
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書籍電子化でなく、アプリの書籍化

Skypeでのインタビューに応じてくれたマーカス・チャウン氏

―― ところで、このアプリケーションはもともと紙の本があって、それが電子化されたのでしょうか?

チャウン 面白いことに、紙の本はこれから刷られることになっているのです。つまり、アプリケーションの書籍化ですね。多くの場合、電子書籍は、まず紙の原作があって、それを元に電子化していますよね。でも、この本はまったく逆なんです。まず、この電子書籍があって、それが元で今度、紙の本が出版されます。

―― それはかなり変わっていますね。

チャウン この本には英フェイバーと米国のタッチプレスという2つの版元があります。

 タッチプレスは先に述べたように「元素図鑑」で大成功した会社です。「元素図鑑」は、まず先に紙の本があって、それを電子化した電子書籍でしたが、紙の本と電子書籍の双方を販売すると相乗効果でどちらも売れることが分かったのです。iPad版の「元素図鑑」の評判を聞いたiPadを持っていない人々が紙の本も買ってくれたのです。

 それにならって「マーカス・チャウンの太陽系」も、アプリケーション版から1年ほど遅れて書籍化する計画になっています。

―― 英語版のアプリケーションはいつリリースされたのでしょうか?

チャウン 2010年12月です。

―― アプリケーションの開発にはどれくらい時間がかかったのですか?

チャウン 実は結構、早いのです。2010年の春ごろに、すでに出版された本を電子書籍化してみないか、という話が持ち上がりました。私はそれまで量子理論などを、科学に詳しくない一般の人でも分かるように解説した本を執筆していました。

 版元のフェイバーは、とても歴史がある出版社で、ロンドンに残る最後の独立系出版社です。当然、電子書籍などといったものに詳しい人材はいません。そこで彼らはGoogleで検索して、有望そうな米国の会社を見つけました。それがタッチプレスだったのです。

 アプリケーションはタッチプレスとフェイバーのお金で作ったのですが、私は最初はちゃんと資金を回収できるか不安でなりませんでした。しかし、いざ出してみるとアプリケーションは瞬く間に売れて、あっという間に回収できてしまいました。

 驚くのは、このアプリケーションはクリスマス直前のリリースだったため、ほとんど大したプロモーション活動をする準備もできなかったのですが、リリースするとすぐにいくつかのブログがこれを取り上げてくれて、あっという間に評判が広がっていきました。驚きました。素晴らしいことだと思います。

投資を2週間と4日で回収!

―― フェイバーにとっても、大成功だったんですね。

チャウン 成功をどのように計るかは難しい問題ですが、これが紙の本だったら、おそらく書くのに1年かかって、そこから出版するまでにさらに1年近くかかり、売れ始めるまでにまた半年から1年と、本がある程度の成功にいたるまでには3年近い歳月がかかっていたでしょう。

 これに対してアプリケーション開発では、すべてが非常に短期間の間に実現しました。企画段階ではちょっと時間がかかりましたが、その後の執筆や編集はすべて3〜4カ月で済みました。その後はすぐに評判に火がついて爆発的に売れました。

 本には15万ドルの初期投資費用がかかっていますが、その費用をたった2週間と4日で回収しました。これは出版業界において空前の出来事だと思います。英国だけかもしれませんが、すでに本というものは儲からないものになってきてしまっています。お金を生み出している本はほんの一部で、それらの本がほかの本の出版物を支えている、というのが英国出版業界の現状です。

 これに対してこれまでフェイバーが手掛けてきたアプリケーションは、すべて紙の本よりもはるかに大きな成功を収めてきています。成功しなかったアプリケーションはたった1本だけです。

 もしかしたらこうした成功は、そのアプリケーションの真新しさでウケているだけで、今後もずっと売れるわけではないかもしれません。ただ、約15ドルの「太陽系 for iPad」の英語版は、7月初旬、日本語版のリリース前の時点で、英国だけで5万ダウンロードあったそうです。これは英国で売られているほかの科学系の書籍と比べると、かなり売れた部類に入ります。

 25万ダウンロードの「元素図鑑」と比べると少なく見えますが、「元素図鑑」は発売からすでに1年経っており、しかも、このアプリケーションがリリースされたのは、まだiPad用アプリケーションがそれほどそろっていない時期でした。そう考えると「太陽系 for iPad」の成果もそれほど悪くはないのではないかと思います。

 私は「太陽系 for iPad」は商業的な成功だと信じていますが、このアプリケーションは批評家にも大きな成功とみなされ、すでに2つの賞を受賞しています。1つはデジタルイノベーション・オブ・ジ・イヤー賞、もう1つは英国出版業界を表彰するBooksellerによるbest app賞です。

 もちろん、ほかの出版社もこのアプリケーションの動向に大きな関心を払っています。例えばランダムハウスのような国際的に成功している出版社も、フェイバーのような弱小の独立系出版社が、こうした電子出版で業界をリードし始めたことに大きな衝撃を受けたようです(→中編に続く)。

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