昨今のAI(人工知能)ブームを受けて、スマートフォン業界のみならずPC業界にも「AI対応」の大きな流れが押し寄せてきており、PC向けCPUにも推論に関わる演算に特化したNPU(AIプロセッサ)を搭載する動きが進んでいる。
そんな中、Microsoftは5月、新しいAI PCの定義を発表し、要件を満たしたモデルに対して「Copilot+ PC」というブランドを付与し始めた。
Copilot+ PCでは、CPU(またはSoC)に40TOPS(毎秒40兆回)以上の処理性能を備えるNPUの搭載が求められる(参考リンク)。この要件を満たすCPUは当初、Qualcommの「Snapdragon X Elite」または「Snapdragon X Plus」のいずれかのみで、x86(x64)ベースの製品はなかった。
この要件に適合できるx86ベースのCPUをいち早く出すべく、AMDは今回Ryzen AI 300シリーズも同時発表したわけだ。
Ryzen AI 300シリーズの「300」は、第3世代であることを表している……のだが、AMDのモバイル向けAPUのラインアップを見てみても、「第1世代」「第2世代」に相当すると思われる製品が見当たらない。そう、実は本シリーズのリリースに当たり、AMDはこっそりと“リブランディング”を実施したのだ。
第1世代の「Ryzen 7040シリーズ」、第2世代の「Ryzen 8040シリーズ」を経て、第3世代たるRyzen AI 300シリーズに至る――そんな感じである。このように、新モデルがリリースされる際に行われる「歴史改編」は、AMDに限らずIntelやNVIDIAでもたまにある。
さて、Ryzen AI 300シリーズのCPUコアはZen 5アーキテクチャなのだが、Ryzen 9000シリーズとちょっと違うポイントがある。
本シリーズの場合、CPUコアが2種類用意されている。通常の「Zen 5コア」は、1基当たり最大4基のCPUコアを統合している。Ryzen 9000シリーズのCCDと比べるとCPUコアの最大数が半減しているものの、基本的な設計に変わりない。
もう1つのコアは「Zen 5cアーキテクチャ」を採用している。Zen 5cの「c」は「コンパクト(compact)」を意味しており、通常のコアと比べると実装面積が削減されている。両アーキテクチャの違いについては、後ほど触れる。
ちなみに、Ryzen AI 300シリーズの発表済み製品におけるCPUコアの構成は、以下の通りだ。
Ryzen AI 300シリーズの内蔵GPUは、RDNA 3.5アーキテクチャを採用する「Radeon 800Mシリーズ」だ。上位モデルのRyzen AI 9 HX 370には16コアの「Radeon 890M」が、下位モデルのRyzen AI 9 365には12コアの「Radeon RX 880M」が搭載されている。
ここで「はて、『RDNA 3.5』なんて聞いたことないぞ」と思う人がいるかもしれない。それもそのはずで、RDNA 3.5はRadeon RX 7000シリーズで使われている「RDNA 3アーキテクチャ」のレンダリングパイプラインをノートPCの特性に合わせて改良したもので、本シリーズが初採用となる。
APUの場合、CPUが扱うシステムメモリの一部からグラフィックスメモリを確保する。そのため、独立したグラフィックスメモリを備える外部GPUと比べると、どうしてもメモリの帯域幅が狭い。RDNA 3.5ではレンダリングパイプラインを改良し、メインメモリへのアクセスを減らすことで、グラフィックス回りの処理パフォーマンスを改善している。
なお、ピーク時の処理パフォーマンスはRadeon 890Mで11.88TFLOPS、Radeon 880Mで8.91TFLOPSとなる。内蔵GPUのピーク性能がPlayStation 5のGPU(約10TFLOPS)超えとは、感慨深いものがある。
Windows 11における「Copilot+ PC」の要件を満たすべく、Ryzen AI 300シリーズにはピーク性能が50TOPSのNPUが搭載されている。これはPC向けCPU(SoC)に搭載されるNPUとしてはかなり規模が大きい。
このNPUを含めて、Ryzen AI 300シリーズのダイは全てTSMCの4nmプロセスで製造される。複数のダイを集積するのではなく、1チップ構成だ。標準TDP(熱設計電力)は28Wで、15W〜54Wの範囲内で調整できる。
リアルモバイル系のノートPCというよりは、性能重視のノートPC向けのAPUだ。
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