岸田文雄新内閣が10月4日に発足し、新内閣では新たに「経済安全保障」を担当する閣僚ポストが新設される。米中対立など国際秩序の変化に対応した措置で、自民党総裁選に立候補した他の候補者も外交や防衛問題と並ぶ重要課題と位置付けていた。そんな中、今から4カ月前の6月、この経済安全保障の重要性を指摘し、国として然るべき対策をする必要性を訴えた書籍が上梓された。
米中対立という「地政学的リスク」が産業界に大きく影響を与える時代に突入した。これにより、安全保障と経済活動を並行して考慮する「経済安全保障」の視点が重要になっている――。
この書き出しで始まるのは、経済ジャーナリスト井上久男氏による『中国の「見えない侵略」! サイバースパイが日本を破壊する 経済安全保障で企業・国民を守れ』(ビジネス社)だ。米中の対立が「経済戦争」ともいうべき状況に突入している中で、産業を両国に大きく依存している日本にどのような影響を与えるのか、また日本企業はどのような道を取るべきなのかを提言している。
ITmedia ビジネスオンラインは井上氏にインタビューを実施。本を執筆した経緯に加え、米中対立をめぐる動き、日本企業が取るべき針路について聞いた。前編では中国が進める「軍民融合」の実態と、中国企業による楽天への出資などについて井上氏が問題点を指摘する。
井上久男(いのうえ・ひさお) 1964年生まれ。九州大学卒。NECを経て朝日新聞社に入社、名古屋、東京、大阪の経済部で自動車や電機などを担当。04年に退社してフリーの経済ジャーナリストに。文藝春秋や講談社などが発行する各種媒体で執筆する。05年大阪市立大学大学院創造都市研究科修士課程(ベンチャー論)修了、10年同大学院博士課程単位取得退学。福岡県豊前市の政策アドバイザーを務める。主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』『自動車会社が消える日』(以上、文春新書)がある『サイバースパイが日本を破壊する』は、米中の対立が激化する中で「経済安全保障」の重要性をテーマにした。特に、中国がサイバー攻撃などのスパイ行為だけでなく、金融、経済援助、企業活動などの日常的な行動にも軍事領域を拡大していることを指摘している。
井上氏が主な取材領域としているのは自動車産業だ。朝日新聞に在籍時は経済部で自動車や電機業界などを担当。2004年にフリーの経済ジャーナリストに転身してからはトヨタ自動車や日産自動車、本田技研工業、日本電産などのグローバル製造業を中心に取材し、著書を発表してきた。今回、安全保障に関する本を執筆したきっかけを次のように説明する。
「17年に出版した『自動車会社が消える日』(文春新書)の取材をしていた16年から17年にかけて、中国が自動車の分野で自分たちが優位に立てるようにルールチェンジを仕掛けていると感じました。
中国の自動車産業は、ドイツと日本から学んで発展しました。しかし、電池やモーターがキーデバイスとなり、製品構造が家電化するEVでは中国が優位に立てると踏んで、一時は35年にガソリン車を全廃し、新車販売の全てをEVなどの新エネルギー車にシフトしていく戦略でした。日本がロビー活動をして盛り返し、暫定的な対応でハイブリッド車も認めることになりましたが、長期的にはEVを中心に置くでしょう。この方針によって、商品戦略上、ガソリン車からEVへのシフトが進んでいない日本のメーカーの優位性は損なわれます。
90年代前半、日本がスキーのノルディック複合で、世界で最も強くなると欧州の選手が有利になるようなルール変更を何度もされて弱体化しました。自国の産業が優位になるように法や規制を変えていくという意味でその時と同じようなことが自動車産業でも起きようとしています」
本書では自動車産業だけでなく、インターネット事業、半導体、金融、医療、観光など幅広い産業に言及している。その背景にあるのは米中対立の激化だ。
「米国にとって中国はどちらかといえば“お客さん”でした。GMやフォードは中国でかなりの台数の車を販売し、中国も米国内に投資をするなど互恵関係にありました。人の流れを見ても米国の大学には多くの中国人が留学していました。
それが17年にトランプ政権が誕生してから流れが変わります。中国が米国のいろいろなところに入り込んで、情報を抜き、技術も持っていく。こうした中国の動きをトランプ大統領が止めようとしたところから対立が激しくなりました。
一方で、日本を見てみると、多くの産業が米国と中国に大きく依存しています。この米中の対立がどのような形で日本の産業に影響するのかと考えたのが、取材を始めた原点です」
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